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天声人语(2016年3月份)

来源:朝日新闻 作者:日语港 时间:2016-03-31 阅读:4463

(天声人語)衆院定数是正で汗を流せ

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 汗をかくという言い回しが、苦労するという意味で使われることがある。特に政界でよく聞く。与党が野党の合意を取り付けるために説得を重ねる。頭を下げる。かつては酒食の接待をするなど、よくない汗が流されたこともある汗をかく人は、おおむね好ましい政治家像とされてきた。日の当たる場所を求めず、地道な裏方仕事に徹する。かぶらなくても済む泥を場合によってはあえてかぶる。むろんきれいごとばかりではないが、目立ちたがり屋が多い政界では重宝される衆院の大島議長の口から「政治の技、政治の汗、政治の使命」という言葉が出たのは1週間前のことだ。一票の格差を是正するために選挙制度をどう改革するか。与野党が合意に至るよう一層の努力が必要だとはっぱをかけたのだろう改革の方向性は明らかだ。地方に手厚く議席を配分する「1人別枠方式」を実質的にもやめることだ。地方の声が届かなくなるという反論もあるが、最高裁は一票の価値の平等を重視し、廃止を求めてきたところが、自民党は格差の抜本的な是正を2020年以降に先送りするつもりのようだ。きのうも衆院予算委員会で、民主党の岡田代表が安倍首相に繰り返しただしたが、平行線だった自民党の後ろ向きでかたくなな姿勢に、連立を組む公明党も困り顔だ。限度を超えた格差に、最高裁が「違憲状態」の警告を発し始めて久しい。いまだ冷や汗も脂汗も出てこないというのであれば、鈍感な体質も極まれりである。

 

(天声人語)手書きの漢字に多様性を

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 批評家の小林秀雄は、書家でもあった良寛の詩軸を得意になって掛けていた。ところが、友人の良寛研究家に偽物と判定され、刀で斬ってバラバラにしてしまった。「真贋(しんがん)」という文章の冒頭の挿話だ偽物はともかく、良寛の筆は独特だ。脱力系と言おうか。書家の石川九楊(きゅうよう)さんによれば、「けだるく、懶(ものう)い」書である。例えば「二」という字は第一画、第二画とも短い。長めの点が二つ、離れて並んでいるように見える。二の字がもし話せたら、これは私の偽物ではと苦情を言うかも知れない。そう思うほどだ字の書きぶりは人それぞれだが、その形をめぐり困った問題が起きているらしい。例えば、鈴木さんが銀行の窓口で署名したら、書き直しを求められた。「令」の下の部分を「マ」と書いたのだが、印刷文字の形と同じにしてほしいと言われた――▼明朝体などとの細部の異同を必要以上に気にし、本来なら問題にならない違いで正誤を決める傾向が出ている。そんな問題意識から、国の文化審議会が常用漢字の字形に関する指針をまとめた「保」の字の下の部分は、「木」でも「ホ」でもいい。とめる、はねるといった違いはあっても、文字の骨組みが同じなら誤りではない。手書き文字には多様性があっていいということを示したかったと担当者は言う良寛の個性的な書ならずとも、人が自らの手で書く文字はこの世で唯一無二の刻印だ。印刷文字にはない味わいがある。達筆にはもちろん、悪筆にもそれなりに。

 

 

(天声人語)認知症の人々の「世界」

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 82歳のそのおばあさんは、病棟を自分の暮らしてきた町に見立てていた。デイルームにある置き畳は、近隣の住民が集まる「公民館」だ。廊下にある消火栓の赤いランプは、そこが駅前であることを示す。日中は鍵のかけられた病室が、彼女の自宅だ看護学者の阿保(あぼ)順子さんの著書『認知症の人々が創造する世界』が描く光景である。彼らがこの世界をどう見ているかが解き明かされる。周りからは「虚構の生活」と見えても、彼らにとっては「必死で作り上げた現実」なのだと説く91歳だった男性に世界はどう見えていただろう。9年前、認知症で徘徊(はいかい)中に列車にはねられ、亡くなった。JR東海はダイヤが乱れたとして損害賠償を求めていたが、最高裁はおととい、妻ら遺族に賠償責任はないという判決を下した「老老介護」である。一瞬たりとも目を離すなと要求するなら酷に過ぎよう。被害者側をどう救済するのかといった課題は残るものの、一、二審の判断を最高裁が覆したのはよかった認知症の人はなぜ「自分の世界」を創造するのか。終末期医療に取り組む大井玄(げん)さんの『病から詩がうまれる』は、自分と現実の世界とのつながりが切れてしまうという不安に耐えられないからだとするだから、不安を鎮めなければならない。決して怒らず、いつも笑顔で接しなさい、というのが大井さんの助言だ。「最良のかたみは、幸せそうな笑顔と笑い声」。91歳の男性も、最良のかたみを家族に残していったと思いたい。

 

 

(天声人語)「さしたる意味ない」?

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 「私の在任中に」憲法改正を成し遂げたいという安倍首相の発言が大きく報道された。そう述べた後に、首相はもう一つ見逃すことのできない答弁をしている。一昨日の参院予算委員会だ民主党の大塚耕平氏が自民党の改憲草案を取り上げた。憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される」と定めるが、草案は「個人」を「人」に改めている。このことに何か意味があるのかと大塚氏はただした。首相は「さしたる意味はないという風に承知している」と答えたならばなぜ変えるのかという疑問が浮かぶが、実は意味がないどころではない。草案のこの部分には重大な意味が潜む。今の13条への否定的な評価である草案作りに携わった前首相補佐官の礒崎陽輔(いそざきようすけ)氏が、自身のホームページに「私見」を書いている。13条は「個人主義を助長してきた嫌いがある」と。公式見解ではないとしても、自民党に根強い発想だろう改憲が必要な理由として随分以前から「行き過ぎた個人主義」が挙げられてきた。安保法制に反対する学生を若手議員が「利己的」と批判した一件は記憶に新しい。草案にうたわれる「公の秩序」や「家族の尊重」とともに、礒崎氏のいう「自民党の思想」を形作っているこうした背景からすれば、さして意味はないとの答弁は不可解だ。理解不足なのか。野党は首相の憲法観をさらに問うべきだ。首相は議員同士で議論すればいいと逃げ腰だが、改憲を実現したいと繰り返す以上、答える責任がある。

 

(天声人語)聖火台の置き場がない!

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 「何なんだよ」と怒りをぶちまけるブログが話題になっている。子どもを保育園に入れることができなかった働く母親が書いた。1億総活躍社会と言うけれど、私は活躍できないじゃないか、と病児保育を手がけるNPO法人フローレンスの駒崎弘樹さんが、この「魂の叫び」にブログで応答している。保育園が増えない理由を分析し、首長や地方議員にとにかく文句を言おうという呼びかけだ。「怒りを原動力に、行動しましょう」駒崎さんは子育て層の弱点も指摘する。「当事者」である期間が短いという点だ。のど元過ぎれば、となりやすい。当事者である期間が長い高齢者に比べ、政治に軽視されてしまう。だから、子育ての当事者でなくなっても後続の親たちのために声を上げ続けて、と提唱する片や、渦中にあっても当事者意識が希薄と見える人々はどうしたものだろう。新国立競技場で、また問題が表面化した。聖火台を置く場所が場内にないことがわかった。にわかに信じられないような事態だ遠藤五輪担当相は昨日、関係する組織の間で議論がなされていなかったことを認めた。式典のメインイベントを自分の問題として考える人は誰もいなかったのか。無責任体質は相変わらずらしいオリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ、保育園作れよ――。冒頭のブログの訴えだ。旧計画の白紙撤回やエンブレム騒動に続くドタバタ劇を見せられては、2020年の大会を楽しみに待つ人々の心も冷めかねない。

 

(天声人語)見えてきた微生物

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 ウィアー著『火星の人』は、死の星に一人残された宇宙飛行士が、どうやって生き延びるかを描くSF小説だ。「オデッセイ」の名で公開中の映画にも出てくる場面だが、序盤で印象的なのが土づくりである。この地で初めてジャガイモを育てるためのそこだけ空気がある居住施設に火星の「死んだ土」を敷き詰め、実験用に持参した地球の土を少しだけふりかける。生きた土に暮らす微生物たちが、作物には必要なのだ。彼は呼びかける。「バクテリアよ、仕事の時間だ。期待してるからな」(小野田和子訳)微生物の存在を実感するニュースが増えた。エボラ出血熱など新手のウイルスが人間を脅かす。ノーベル医学生理学賞を受けた大村智さんの仕事も、微生物の働きがもとにあるこの小さな生き物を意識すると、世界はずいぶん違って見えるようだ。別府輝彦?東大名誉教授の近著『見えない巨人微生物』に学ぶと、草食動物の牛は「微生物食」とも言えそうだ。胃の中で草を分解する菌をそのまま消化し、たんぱく質を得ている降雨や降雪ですら、空中の細菌に左右されているというから驚く。気象の安定のためには彼らのことも気にした方がいいのかと、考えてしまう。心強いことに、観察技術の進歩で微生物はどんどん「見える」ようになっているという急ごしらえの火星の「畑」はいかにも弱々しい。では地球の生態系はどこまでもろく、どこまで強いのか。見えてきた微生物から教わることがありそうだ。

 

(天声人語)命ひしめく春に

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 春告鳥(はるつげどり)がウグイスなら、春告虫はさて何だろう。思いめぐらせばモンシロチョウが頭に浮かぶ。菜の花畑をはずむように飛ぶ姿は、旧仮名で表す「てふてふ」の語感がよく似合う冬ごもりの虫が這(は)い出す二十四節気の啓蟄(けいちつ)を過ぎて、さらに分けた七十二候では「菜虫化蝶(なむしちょうとけす)」も近い。すなわち青虫が羽化する頃。手元の本にある「モンシロチョウの出現前線」に照らせば、今頃は九州や四国の南部あたりらしい。春風にのって北上の途についたばかりのようだチョウに限らず、春には様々な小さきものがお出ましになる。それら昆虫などが花粉を運ぶことで市場にもたらす価値は、世界で年間に最大66兆円にのぼると、国連の科学者組織が先ごろ発表した媒介するのはハチをはじめチョウ、カブトムシなどの昆虫、それに鳥、コウモリなどという。別の推計では、日本国内でも昆虫が農業にもたらす利益は年間約4700億円になるそうだ。恩恵を知れば虫けらなどとは蔑(さげす)めない昨日に続いて生物の話になるが、この星の生きものは確認されているだけで約175万種にのぼっている。知られざる種を含めればはるかに膨大だ。それぞれが人知を超えて結びつき、作用し合って、豊かな生態系を作っている生物多様性とは、いわば地球上の「命のにぎわい」のこと。ところが今や、日々100種ほどが消滅しているとも言われる。人類の君臨によるところが大きいらしい。命ひしめく春のありがたさを、春の一日に考えてみたい。

 

(天声人語)表現の自由が脅かされる

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 故ウォルター?クロンカイト氏といえば、米CBSテレビのキャスターを19年間つとめた伝説のジャーナリストだ。番組でベトナム戦争に反対を表明し、政権に大きな影響を与えた。1981年に降板。当時、新聞記者を志す学生にも輝ける存在だったその硬骨漢にして、一度だけ圧力を受け、妥協したことがあった。生前、本紙の取材に語っている。72年、ウォーターゲート事件を報じた番組にニクソン大統領周辺が激怒し、局の首脳部に続報の中止を要求してきたというニクソン再選のかかった大統領選の投票日が迫っていた。続報の長さを半分にする妥協案が出された。番組の編集責任者でもあったクロンカイト氏は強く反対したが、意志を貫くことはできなかった。「後悔している」と振り返っている権力の介入に抵抗し、表現の自由を守ることの大切さを改めて思う。放送局に電波停止を命じる可能性に高市総務相が言及したことに対し、「立憲デモクラシーの会」の憲法学者らが発表した見解は説得力に富む放送法は確かに政治的な公平性を求めているが、それは局の自主的規律に委ねられるというのが通説だ。特定の政党に属し、政党政治の当事者である総務相が、政治的に公平かどうかを判断するのは本来おかしい。その立場で処分を行うなら、憲法違反との批判は免れない、と政権に批判的な言説などを「偏っている」の一語で指弾する風潮が続く。表現の自由への脅威に抗するのに、テレビも新聞もない。

 

(天声人語)女性が働きやすい社会へ

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 「仕事をして結婚して子供を産んでも、やっぱり仕事をしたい」。慶応、早稲田、お茶の水女子の各大学に通う女子学生3人が、働きやすい社会づくりに向けた政策を提言すると、実感のこもった言葉に聴衆が引き込まれたという学界や経済界、労働界でつくる提言組織「日本アカデメイア」が4日に催した発表会では、学生らの5グループが登壇。移民の迎え入れ、人口の減少、政治改革といった分野で若者ならではのアイデアを競い合い、彼女ら3人が最優秀賞に選ばれた受賞も納得の発想力である。提言の柱は新たな育休制度の導入。2年分の休みをポイントにして妻と夫の双方に支給する。子が12歳になるまでに使い切ることが条件で、子育てや仕事の繁閑に応じ、いつ、どのように使うかは自由だ例えば誕生からの2年を夫が休み、次の2年を妻が休む。もっと小刻みに入れ替わる選択もある。時間短縮勤務を2人で毎日、上限まで長期間続けるといった使い方もある。ポイントは夫婦間で融通できないから、必然的に男女平等に育児に携わることになる提言した3人は、少子化を食い止める効果や、働く女性が増えることに伴う経済効果への期待を語る。何より、女性は育児を機に退職しがちだという「偏見」を打破できると強調する国連の女子差別撤廃委員会が日本政府に対し厳しい勧告を出した。きのうは国際女性デーだった。「男女の雇用や評価を本当の意味で均等にして欲しい」。3人の声が切実に響く。

 

(天声人語)沖縄との和解は何だった

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 押してもだめなら引いてみよとは、交渉ごとの骨法としてよく語られる言葉だ。その永田町版といおうか。「たたいているようでさすっている。さすっているようでたたいている」というのがある。単調な対応を戒める流儀が以前の政界にはあった押すと引く、たたくとさするを、どんな割合で配合するのか。いずれにせよ難しい交渉ごとを前に進めるには、相手の考え方や、その背景にまで及ぶ深い理解が欠かせない。この点、政府の沖縄県への対応に深慮はうかがえない米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐる訴訟で、福岡高裁那覇支部は踏み込んだ和解勧告文を示していた。政府に向けては、仮に今回勝っても法廷闘争は延々と続く可能性がある。政府が勝ち続ける保証はなく、場合によっては敗訴するリスクが高い、といった内容だ指摘されたリスクを避けようという判断だろうか。政府は和解に応じた。一方で首相は「辺野古が唯一の選択肢」と重ねて念を押し、再考の余地を否定した。翁長雄志(おながたけし)知事が直ちに反発したのも無理はない政府はさらに間髪を入れず、辺野古埋め立ての承認取り消しを撤回するよう知事に指示した。和解条項に盛られた「円満解決に向けた協議」を一度もしないままの進め方に、知事は再び反発した引くかと見せて、ぐいぐいと押す。政府には、沖縄を下に見て、かさにかかるような意識がないか。政府と自治体は「対等」の関係だと、和解勧告文があえて指摘しているにもかかわらず。

 

(天声人語)戻れない故郷を子や孫に

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 春は満開のサクラ、夏は闇を彩るホタルの群舞。四季の美しい光景が次々あらわれる。しかし、それらの写真に人は写っていない。ページをめくると、餌の根茎を求めて土を掘り返すイノシシや、牛舎に侵入するサルが登場する。人が消えた集落の今である福島県飯舘(いいたて)村の南端に位置する長泥(ながどろ)地区。福島第一原発が吐き出す大量の放射性物質を浴び、村で唯一の帰還困難区域に指定された。地区の役員や協力者の写真家、社会学者らが今月、この5年の記録として『もどれない故郷(ふるさと)ながどろ』という本を刊行した水素爆発直後、危険情報は地区の人々に知らされなかった。防護服の男たちが線量を測りに来ているにもかかわらず。「なぜもっと早く避難させてくれなかったのか」という怒りが、今も人々の心にくすぶる74世帯、281人は散り散りになった。年に1回の懇親会には100人ほどが集まるが、いつまで結束を保てるか。今のうちに本を作っておこう。区長の鴫原良友(しぎはらよしとも)さん(65)はそう思ったと語るあの日以前の写真も多く収録した。花見や盆踊り、老人会の催し。「じいちゃん、ばあちゃんの姿を子や孫に伝えたい」と鴫原さん。多くの聞き書きでたどった地区の歴史も子孫に手渡される原発被災地の痛切な記録だ。地区を超えて広く読まれればいい。次世代を気遣う鴫原さんの言葉が本にある。「地球を滅ぼすために原発やってんだか、処分場もできないうちになんでやんだかって、あの精神が俺はわかんない」

 

 

(天声人語)「もっと保育園を作れ」

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 社会学者の上野千鶴子さんには数々の名言があると、前に小欄で書いた。この度、その名言集が出版され、驚くと同時に喜んだ。『上野千鶴子のサバイバル語録』。「いまを生きる女たちに、もしかしたら役に立つかもしれないことば」が並ぶ語録という性格上、文脈を離れて自由に引くことをお許し頂く。例えばこれ。〈男は言葉を産み、女はいのちを産む、ですって? とんでもない。今や女は、子どもを産み、コトバも産む〉。まさに最近も、一つの痛烈な言葉が産まれ、風を起こした「保育園落ちた日本死ね!!!」と題する匿名のブログだ。もっと保育園を作れという訴えがネット上で瞬く間に広がった。荒っぽい口ぶりに批判もあったが、母親らの間で共感する声が響き合った。それほど怒りは深いのだ、と民主党の山尾志桜里(しおり)衆院議員が取り上げたのに対し、安倍首相は「実際に起こっているのかどうか」と冷淡だった。ならば「実際」の窮状を伝えようじゃないかと、保育の充実を求める署名運動も起こった子育てと仕事の間で悩む女性からの風当たりに驚いたのだろうか。自民党は昨日になって、待機児童問題の緊急対策チームを作った。ネット上の「声なき声」への目配りも強化するという。独り言のような書き込みが政治権力を動かした上野さんの語録から、もう一つ引用しよう。〈コトバは、現実ではない。むしろ、コトバが現実をつくる〉。保育をめぐる今回のいきさつをずばり言い当てる名言である。

 

(天声人語)農業高校の挑む夢

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 農業高校が舞台の漫画「銀の匙(さじ)」には、お地蔵さんそっくりの校長先生が出てくる。頭頂にピンと立った一本の髪で喜怒哀楽を表す妙な脇役だが、教育者像としては実に魅力的だ。家畜になじめない生徒を励まし、起業に燃える生徒を助ける昨春まで青森県立五所川原農林高校の校長を務めた佐藤晋也さん(61)は在職中に読んで共感し、シリーズを図書室にそろえた。「農家を継ぐべきか迷ったり、一念発起して大学受験に挑んだり。農業高校生の悩みがよく描かれています」農業教育に携わって30余年、「農業高校生が自信を持てる世の中にしないと日本はいまに行き詰まる」と話す。米価の下落やTPP(環太平洋経済連携協定)の進展で、親や教師の顔につい不安の色が浮かぶ将来に希望が持てず、農業高校生がこぞって都市へ出れば、日本中の農業地帯が衰退する。卒業後も輝ける場を地元につくることこそ農業高校の使命ではないかと考えた漫画では、主人公の高校生が校長や級友に応援され、ピザを売る会社を立ち上げる。佐藤さんも校長時代、自治体や鉄道会社と提携し、風土にあった特産品を開拓する組織を立ち上げた。最初に力を注いだのは果肉の赤いリンゴ「栄紅」。在校生たちも模擬販売に加わった退職すると請われて農業を支える会社の社長に。いまは教え子とともに南米ペルー原産の野菜に取り組む。収穫できたら若い世代にまず披露したい。農の夢に挑む醍醐味(だいごみ)をしっかり伝えたいと願っている。

 

(天声人語)夢か脅威か人工知能

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 碁を愛し、「名人」という小説を残した川端康成は「碁ほど精神を集中し、沈潜するわざはほかにない」と言っていた。最高峰の碁を「虚空に白刃の風を聞くよう」と表したのを前に紹介したことがある。孤影を曳(ひ)く剣士二人が、盤上で鋭く切り結ぶ姿を想起させるひるがえってこちらの対局は、相手の持つ剣がSF映画「スターウォーズ」の光る剣に思えてくる。韓国で行われている人工知能(AI)との五番勝負で、世界最強の棋士の一人、李世ドル(イセドル)九段が負け越して衝撃が広がっているチェスや将棋に比べて、囲碁はまだまだ人間が優位と目され、いわば「最後の砦(とりで)」でもあった。受けて立った李九段を、日本の井山裕太名人は「囲碁の長い歴史の中で、もしかしたら一番というくらいの棋士」と評しているその人が「無力な姿をさらして申し訳ない」と3連敗後にうなだれた姿が、同じ生身の人間としてはいささか切ない。一方でこれほどのAIをつくりあげたのも人間だから、そちらの側から見れば人間の敗北は人間の勝利となる背反を抱えながらの日進月歩に、一抹の怖さがついてくる。仕事を奪われはしないか。我々を脅かさないか――。SFで人類の敵といえば、宇宙人か人工知能が頭に浮かぶ定番であるそのうち当コラムも「筆者は人工知能氏に」とお知らせする日が来るやも知れない。きのうの4局目で、ようやく李九段が一矢を報いた。届いたニュースにどこか安堵(あんど)する自分がいる。あまり急ぐなよ、君。

 

 

(天声人語)民進党、立憲も忘れずに

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 政党ができては壊れ、壊れてはできる時代があった。1990年代のことだ。太陽党やフロムファイブといった政党が登場したが、名前だけでは何を掲げる党なのか不明だった。作家の石川好(よしみ)さんは98年に本紙のインタビューに答え、「もう政党名じゃないね」と語っている自民党は「自由」と「民主」という近代政治の主要理念を両方くっつけた党名で、これを超える党名をイメージしにくい。他の政党は党名を考えるのがいやになったのでは――。石川さんの指摘である。当時、大いにうなずいたものだ合流する民主党と維新の党の新しい党名が「民進党」に決まった。維新の提案が通った。世論調査の結果、民主の主張する「立憲民主党」を上回る支持を集めたそうだ。国民とともに進む政党という意味らしい進化、進歩の語にも通じ、改革を進めていく意味合いもあるという。いささか漠然としている印象を拭えないが、民主の2文字に悪印象を持つ国民がなお少なくないということだろうか石川さんは先のインタビューでもう一つ大切な指摘をしていた。政党は「我々はこれを変える」と改革論ばかり訴えるが、「我々はこれだけは断固守る」という言い方もできないと駄目だ、と。卓見と思える立憲民主党の名前には、集団的自衛権の行使容認から条文改憲をもうかがう安倍政権に抗し、立憲主義を断固として守るという決意が込められていたはずだ。民進党として再出発しても、そのことは忘れぬよう願いたい。

 

 

(天声人語)上田正昭さん逝く

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 既成のものの見方を疑った。山陰地方を文化先進地と見ないことが「いかに史実ばなれの偏見であるか」と書いたのは9年前だ。古代史学者の上田正昭さんが、島根県立古代出雲歴史博物館の開館を前に本紙に寄稿した。驚異的な青銅器遺跡に代表される「出雲文化の輝き」を見よ、と以前は普通に使われた「帰化人」という言葉にも疑義を呈した。中国や朝鮮半島の人々が日本に定着することを日本書紀は帰化と書いているが、古事記は単に「渡来」と記していると指摘。より客観的な渡来人という呼称を広げた日本の歴史と文化が、「渡来の人々と渡来の文化」の受容の上に育まれてきたことを説き続けた上田さんが亡くなった。享年88若き日の高校教員時代の体験から、民族差別や部落差別の研究も深めた。古くは「日本のなかの朝鮮文化」という季刊誌に関わり、京都にある世界人権問題研究センターの理事長も務めた〈山川も草木も人も共生のいのち輝け新しき世に〉。2001年の歌会始の召人としての作品だ。戦争の世紀から、共生の世紀へ。共に生きるだけでなく、新しい文化を共に生み出していこうという思いを込めた「大和魂(だましい)」の語を源氏物語の中で使った紫式部を、「和魂漢才」の人と評した。晩年、軍国主義的な日本精神とは異なる「大和魂(ごころ)」の再発見の必要性を説いていた。古来、日本独自の伝統を築いてきたのは、「はるかに外に向かって開かれた島国根性」だったのだという視点が痛快だった。

 

 

(天声人語)愛媛県立高の判断に疑問

20163170500

 40年以上前、中学入学と同時に頭髪を丸刈りにさせられた。わかっていたこととはいえ、嫌だった。当時は同じ目に遭う同世代がまだ少なくなかったが、長髪が許される学校も増えていた。うらやましかった自分の体なのに自由にできない。基本的人権の侵害だ。多くの訴えを受け、丸刈りの強制は徐々に減っていった。あれが何より罪深かったのは、下校後も休日も生徒は丸刈りのままだという点だ。自宅でも街中でも。校則にすぎないのに、彼らの全生活をくまなく拘束した点だ学校は、校外での生徒の生活にどこまで介入できるのか。高校生がデモなどの政治活動に参加できるようになり、焦点になっている。学校への事前の届け出制を文科省が容認したところ、愛媛県立の全59高校が届け出を義務化することにしたという「安全管理」などが理由らしいが、疑問だ。主権者教育の推進と矛盾しないか。事実上の許可制にならないか。思想良心や表現の自由を侵さないか。そもそも校外の行動を逐一把握し、管理できるのか。先生方の負担増が心配になる長期の休みの時は宿題を出さないで欲しい。そんな中学生の投書が、1月の本紙声欄に載った。学校がある日には出来ない、まったく違ったことを体験したいから、と率直な主張に対する読者の反応が昨日、特集された。小学校の元校長先生が賛意をあらわしている。「子供は下校すれば、学校から自由な存在だ」。練達の教育者らしい腰の据わった応答が頼もしい。

 

 

(天声人語)閣僚たちの失態と傲り

20163180500

 ものごとがうまくいって得意の絶頂にある人が、自分を過信し、神をも恐れぬほど傲(おご)り高ぶる。こういう状態をギリシャ語でヒュブリスというそうだ。傲慢(ごうまん)などと訳される。古代ギリシャの神は嫉妬し、怒り、その人に天罰を下す、とされた大臣の座を射止めた政治家が、我が世の春を謳歌(おうか)しても不思議はない。大勢の官僚に世話を焼かれ、警護官がつき、常に言動が注目される。しかし、そこには同時に、ヒュブリスという落とし穴が待ち構えていることも確かである少し前の丸川環境相の発言を思い出す。講演で福島の原発事故に触れ、「反放射能派」が「わーわー、わーわー騒いだ」などと語った。揶揄(やゆ)なのか侮蔑なのか。その口ぶりに悪乗りという言葉が浮かんだ今度は林経産相である。原発政策に関する野党議員の質問に窮し、自らの「勉強不足」を認めてしまった。素直とも見えるが、それでも閣僚が務まるという認識なら思い上がりの裏返しとも見える。石破地方創生相ら、他の閣僚の失態も続く。得意淡然の戒めを守るのは難しいちなみにヒュブリスは『イソップ寓話(ぐうわ)集』にも登場する。ここでは女神の名前として。彼女は神々の結婚式で伴侶を得られず一人だけ取り残され、遅れて来たポレモスと一緒になる。ギリシャ語で戦争を意味する彼はヒュブリスを一方ならず恋い慕い、どこにでもついていったという短いお話はこう結ばれる。民衆に笑顔を振りまく傲慢の後から、たちまち戦争がやって来る、と。

 

(天声人語)憲法への敬意を欠く

20163190500

 率直というべきか。関西経済連合会の首脳らが一昨日の記者会見でこもごも語った。関西電力高浜原発3、4号機の運転を差し止めた大津地裁の仮処分決定に対する批判や不満だ。財界としての主張は当然あろうが、驚くような意見もあった副会長の角(すみ)和夫氏は決定に怒りを覚えると前置きし、「なぜ一地裁の裁判官によって、国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」と述べた。続けて、「こういうことができないよう、速やかな法改正を」と訴えた裁判所が常に万人を納得させる決定を下すとは限らない。だとしても、三権の一角を軽んじすぎる言葉ではないか。司法は行政の言うことを聞け、聞かないなら立法で抑え込め、と聞こえる。権力分立の原理が十分理解されていないとすれば残念だ「過激なご意見だが」と記者が確認しても同じ答えだったそうだから、信念の発言だろう。とはいえ、裁判の公正を期するため裁判官の「独立」を定めた憲法76条に留意すれば、見下すかのような「一地裁」という言葉は出なかったろうもっとも憲法への敬意の欠落という点では今の政権与党こそ深刻だ。安保法制は言うまでもない。昨秋、野党が憲法53条に基づき臨時国会の召集を要求したのに無視し続けた一件を忘れるわけにいかない自民党改憲草案が、要求があってから20日以内の召集を内閣に義務づけているにもかかわらず、だ。司法に加え国権の最高機関までを軽んじる。そんな国のありようでいいのか。

 

 

(天声人語)シジュウカラがつづる「文」

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 東京付近から信州のあたりでは、フクロウの声は「ノリツケホーセ」と聞かれていた。明日はお天気だ、洗濯物に糊(のり)をつけて干すにはよい日だと。民俗学者の柳田国男が『野草雑記?野鳥雑記』に記している。もちろん雨の日もあるが、そこはご愛敬鳥の声を言葉に置き換えるのを「聞きなし」と言う。サンコウチョウは「月(つき)、日(ひ)、星(ほし)」とさえずり、ホオジロは「一筆啓上(いっぴつけいじょう)仕(つかまつ)り候(そうろう)」と鳴く。そんなふうに私たちは、身近な鳥と親しんできたでも本当は、どんな言い回しをしているのだろう。想像をふくらませたくなる論文が、英科学誌に掲載された。シジュウカラが「単語」を組み合わせて「文」を作っているという総合研究大学院大学の鈴木俊貴さんたちの実験によると、危険を知らせる単語と仲間を呼ぶ単語をつなげて発声する場合、どうも語順が決まっている。間違った語順でスピーカーから流すと反応が鈍くなるという。一種の言語能力と考えていいかもしれないネクタイのような黒い線が特徴のシジュウカラは日本で広く見られる鳥で、庭に巣箱をこしらえる方もおられよう。小さな彼らはまず下見をし、気に入るとすみ始めるというからなかなかの熟慮ぶりだ。地域にもよるが、今は巣作りが始まった頃か。ヒナに愛情を注ぐ姿が、これから見られる〈夢ひとつ入るるにはよき巣箱かな〉石山ヨシエ。鳥や動物たちにはどこまで心があり、知恵があるのか。春の日に公園で野山で、思いをはせてみるのも悪くない。

 

 

(天声人語)春の空は気まぐれで

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 食あたり予防に「気象庁」を3度唱えるまじないがあったと前に書いた。天気予報が当たらないことに掛けた皮肉だが、調べると起源は明治までさかのぼるようだ。気象庁刊「気象百年史」によれば、熊本では測候所の栗山さんという主任の予報がよく外れたらしいそこで「栗山さん」を3度唱えれば生水に当たらないと言われだした。隣の鹿児島では「測候所」を3度唱えていたという。ところが日露戦争の時は、天気予報は「たま(弾)に当たる」から、まじないは言ってはいけないとなったらしいもっとも、こうした伝説が確かかどうかは「百年史」でもいささか曖昧(あいまい)だ。時は流れて予報は格段に正確になり、東京を例にとれば、翌日雨が降るかどうかの的中率は85%を超えているしかも至れり尽くせりだ。朝、外気に触れなくてもテレビの予報士さんは服装指南までしてくれる。「薄手のコートを」「折りたたみ傘も」。逆に、頼りすぎて人間の天気感覚が鈍化してしまわないか心配になる春分の日をまたいで、各地から桜の便りが届きだした。気象庁は6年前に桜の開花予想をやめ、いまは日本気象協会や民間の気象情報会社が独自の予想で精度を競う春先の空は気まぐれで、咲いた後も「花に嵐」が気にかかる。店やイベント関連の人だけでなく、お花見幹事も空模様に一喜一憂する季節となる。計算上は桜前線は時速約2キロで北上するそうだ。幼児の歩みほどである。今年の雨よ風よ、どうかやさしく頼みます。

 

 

(天声人語)88年ぶりの歴史的訪問

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 アメリカの大統領だった人物を「地味な人」と言うのもおかしいが、第30代のクーリッジは無口にして無為の人として伝わる。現職の急死で副大統領から昇格した。1920年代の米は空前の繁栄を謳歌(おうか)し、何もしなくても経済は踊った動かず、語らずで「サイレント」とあだ名され、称賛か揶揄(やゆ)か「何もしないことを芸術の域まで高めた」などと評されたのを前にも紹介したことがある。その人の名がここに残っていたかと、オバマ大統領のキューバ訪問で知ったクーリッジ以来88年ぶりの、現職米大統領の訪問となった。88年前といえば日本は昭和3年。遠さがわかる。傘をさして夫人や娘2人と専用機から降りたオバマ氏は、自らが言う「歴史的な一歩」を、かつて激しく敵対した地にしるした奇(く)しくもオバマ氏は、両国が国交断絶した61年に生まれた。米ソが一触即発となったキューバ危機は翌年に起きる。カリブ海に浮かぶ島は、社会主義陣営が米国に突きつけたナイフに例えられてきた長い敵意の歴史は、二つの「利益」をテコに動いたといえる。経済を立て直したいキューバと、後世に残す大きな遺産(レガシー)をつくりたいオバマ氏。双方に思惑があり、越すべき課題はなお多いが、世界はおおむねこの「握手」を歓迎する現地では、世界遺産の旧ハバナ市街を歩くオバマ一家に「USA」のかけ声も飛んだそうだ。新しい世代が新しいたいまつに火をともしたと思いたい。風雨でかき消えないことを願う。

 

 

(天声人語)スクリーンの紫煙

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 ヘタな俳優を見ていると、手の始末がついていない――と直木賞作家の故?神吉(かんき)拓郎が書いていた。手が行き場に困っている。そんな役者には何かを持たせれば、手持ちぶさたな感じを与えずにすむと、著書『たたずまいの研究』で述べている安易な小道具の一つが、たばこだそうだ。思えば邦画も洋画も、昔は登場人物がよくたばこを吸っていた。といってもヘボ役者が多かったわけではない。大勢が吸ったし、吸って遠慮のない時代だった。微妙な心理を表す小道具でもあった時代は変わり、世界保健機関(WHO)は先月、喫煙場面のある映画には年齢制限を課すなどの措置をとるよう、各国に勧告した。未成年者を喫煙に誘引しないため、というのがその理由である米国では、喫煙を始めた若者の37%が映画の影響を受けたとの調査結果があるという。たしかに、過去の銀幕でも、名優が粋に紫煙をくゆらせる場面は多かった。あこがれた人がいるかもしれない筆者は、10代で見た米映画「ペーパー?ムーン」が記憶に残る。子役の少女がふかすシーンは、本物のたばこではないともいうが話題になった。彼女はこの作品でアカデミー助演女優賞を射止めた。いまリメイクするなら、あの場面は封印であろうハリウッドでは近年、喫煙シーンが大幅に減っているそうだ。若年層への影響を考えれば当然の流れといえる。表現の幅や深みは無論大切だが、銀幕で煙を吐きすぎてこなかったか。小道具と演出は様々にある。

 

 

(天声人語)春を切り裂くテロ

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 現地はまだ肌寒いけれど、ひと雨ごとに季節が進むときだと聞く。暗い冬を過ぎて、近づくキリスト教のイースター(復活祭)を前に人々は春を待ちわびる。そんな3月の朝を切り裂くベルギー?ブリュッセルの連続テロだった30人以上が亡くなり、約270人が負傷した。パリでは、エッフェル塔がベルギー国旗の赤、黄、黒を表してライトアップされた。隣国への連帯を示したそうだ。国際社会の連帯はテロの克服に欠かせない。一方で、惨事を受けて自説を主張した人もいる米大統領選で話題をさらうトランプ氏である。テロ容疑者に対しては、拷問とされる「水責め」を超える手段で尋問すべきだとテレビのインタビューで語った氏はテロ容疑者への拷問の復活を公約にあげている。「我々が法律の範囲内で対応しても、彼らは法律を無視する」「我々は賢くなり、毅然(きぜん)たる対応をとる必要がある」。例によって人々のいらだちや敵意をすくい取るのがうまい欧州に台頭する排斥や差別もそうだが、それらは屈辱と憎悪の炎をかき立てる薪にほかならない。負の連鎖が深まるなら、テロリストに勝利させてしまうことになる日本は東京五輪を4年後に控えていて、決して遠い対岸の火事ではない。国際イベントはテロの心配と背中合わせだ。開催地を「トーキョー」と告げた当時のIOC会長、ロゲ氏はベルギーの人だった。犠牲者を悼みつつ脇を固めたい。テロの背景に広がる、貧困と格差の荒野から目をそらさず。

 

 

(天声人語)親離れ子離れのとき

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 〈這(は)えば立て立てば歩めの親心〉はことわざのようだが、江戸の川柳集にも載っている。わが子の成長を待ち望む親心はいつの時代にも変わらない。子が育てば行動半径は広がる。〈立てば歩めが駆けだして母苦労〉という江戸川柳もあって、うなずく方は多かろうよちよち駆ける。親はハラハラ。去年の本紙に「幼児用リード(ひも)」の話が載っていた。歩きはじめた子を親がつないで危険から守るために普及しているという。安心感の一方、「犬みたい」との声もあって、受け止め方は様々らしい子が長じれば、目はいっそう届きにくい。昨今、安心を求めて「居場所追跡サービス」を利用する親が増えているそうだ。持たせた携帯電話のGPS機能を使って、外出中の子がどこにいるかを把握するランドセルのまま道草を食ったゆるやかさが懐かしいが、万が一を案じる親心は分かる。だが、やめどきを考えるのも大事らしい。子の成長につれて「見守り」は「監視」へと受け止めが変わりやすいさて、卒業と入学の季節。春はそれぞれに親離れ、子離れのときでもある。〈入学の子に見えてゐて遠き母〉福永耕二。小学校の新1年生の心細さであろう。保護者に引かれた手を離して他人の中に入っていく幼子(おさなご)も、試練をくぐって歩んでいく親御さんには、つい差し伸べたくなる手を、もう片方の手でそっと押さえる覚悟が要るときかもしれない。親子の距離は永遠の難問だが、広がる距離は自立の証しととらえたい。

 

 

(天声人語)津軽海峡の新幹線

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 明治40年だから109年前の5月、21歳の石川啄木は妹を伴って津軽海峡を渡った。故郷での騒動で白眼視され、「石をもて追はるるごとく」ふるさとをのがれて、北海道に新天地を求めた陸奥(むつ)湾に臨む青森市内の公園に歌の碑が立つ。〈船に酔ひてやさしくなれる/いもうとの眼(め)見ゆ/津軽の海を思へば〉。いまは「こどもの日」の5日に函館の地を踏んだ。北の大地を彩る遅い春が、海峡を越えて北海道に渡る頃である梅、桃、桜の開花前線は、本州北端で待ち合わせるようにして、5月初めにかけて一斉に海峡を渡っていく。天下の春を集めた函館は、傷心の啄木に美しく映った。つかのまの幸福な日々を、そこで過ごすことになるその函館へ、待望の新幹線が延びる。〈ふるさとの訛(なまり)なつかし/停車場の人ごみの中に/そを聴きにゆく〉。啄木の歌碑のある上野駅をへて東京から約860キロ。昭和の演歌にうたわれた北への旅は、きょうから4時間2分にまで縮まるひと足早い「春」ながら、前途の厳しさも聞こえてくる。一番列車こそ25秒で売り切れたが、この先は空席も目立つ。飛行機との競争も多難らしい。赤字がかさんで「冬景色」に沈まぬよう、お願いしたいビジネスより観光需要に期待する声もある。15年後には札幌まで至る計画という。そこには啄木の〈石狩の都の外の/君が家/林檎(りんご)の花の散りてやあらむ〉という叙情ゆたかな歌碑が立つ。北への憧れをかき立てて、旅情で売る新幹線。それもいい。

 

 

(天声人語)道産子コーラ

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 いまから半世紀ほど前、コアップガラナという名の炭酸飲料が日本各地で一斉に売られた。中小の清涼飲料メーカーが鳴り物入りで共同開発した国産コーラだったガラナは南米原産の植物。日本で飲料に使われたのは、米国から上陸するコーラに対抗するためだった。「ブラジルでは米国製コーラが意外に不振」と聞いた国内飲料業界がガラナ飲料を研究。ブラジル大使館の協力で実を輸入し、商品化した。1960年の春のことだ当時の新聞を見ると、九州では「コーラ輸入阻止」決起集会が開かれている。果汁業界も立ち上がり、国会ではミカン産地の議員が「果樹農家をつぶす気か」と訴えた。全国で約60社が同じ商標のガラナを売ったしかしコーラは強かった。各地で地場業者を圧倒していく。例外は、コーラ進出が3年ほど遅れた北海道だ。函館の飲料会社「小原(おばら)」がラムネやサイダーで築いた販売網をフル回転させた「あの3年が勝負でした。本州以南ではコーラと激しくぶつかったが、道内には先手を打つ時間がありました」と6代目社長の小原光一さん(64)。いまも東京などでは他社が製造を続けているが、小売店ではあまり見ない。ガラナは北海道にだけ定着した筆者が初めて飲んだのはつい先日、函館でのこと。コーラという黒船に列島全土で立ち向かうはずだった「攘夷(じょうい)コーラ」の来し方を思った。道内出身の方々には、旧聞に属する話だったかもしれないが、開業した新幹線に免じてお許し願いたい。

 

 

 

(天声人語)四国新幹線のゆくえ

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 昨春の北陸に続き、この春は北海道が歓声に包まれた。新幹線の開業は、挙げてお祝いすべき慶事だが、さて四国の人々も同じ気分だろうか。四国には新幹線がない「北海道と本州、九州がつながり四国だけ取り残された。残念です」。四国の大手企業が名を連ねる四国経済連合会の専務理事、石原俊輔さん(59)は言う。新幹ログイン前の続き線を呼び込む運動の財界側実務をになう。最近も金沢駅を視察し、新幹線効果を実感した予測では四国計400万人の人口が30年後には300万人に減る。「1県分の人口が消える。在来線だけではもう公共交通が維持できない。新幹線なしでは人の波が絶えてしまう」列島改造のむかし、新幹線の構想は長短十数路線あった。東北や上越、九州は実現したが、四国や山陰などは手つかずのまま40年が過ぎた「我田引鉄」という言葉がある。政治家が地元エゴで路線を引き直させ、駅を置かせることを指す。古くは元首相の原敬が有名だ。地元岩手や近隣県に無理やり鉄道を敷いた。新幹線延伸の時代になっても「この駅は某議員のツルの一声」「あの路線は某大臣のおかげ」といった話をよく聞くいまでも新幹線という事業は、「引鉄」合戦の産物なのだろうか。そうだとしたら、四国新幹線への道のりはあまり平坦(へいたん)に見えない。現に参院では高知と徳島が合区され、議員が1人減らされる。この合区も山陰と同時である。東京と地方の格差は広がる一方だが、地方と地方の格差もかなり深刻である。

 

 

(天声人語)安保関連法きょう施行

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 『この国のかたち』で司馬遼太郎さんが述べている。〈明治の夏目漱石が、もし昭和初年から敗戦までの日本に出遭(であ)うことがあれば、相手の形相(ぎょうそう)のあまりのちがいに人違いするにちがいない〉戦争へ傾斜していく昭和の日本は、明治人の知らぬ猛々(たけだけ)しい顔に変貌(へんぼう)していた。そんな意味であろう。単純になぞらえる気はないが、戦後の平和憲法下で非戦の時代を生きた世代は、この先、顔つきの異なる日本と相まみえるのかもしれない国のかたちが、きょうから変質する。集団的自衛権の行使を認める安保関連法が施行された。反対の声が国会を囲む中で成立して半年、地球規模での自衛隊の海外派遣と、他国軍の支援が可能になる大半の専門家はこの法案を違憲と見た。しかし安倍首相は、「夏までに成就する」とした昨春の米議会での約束を優先する。疑義も不安も押し切って数の力で可決した。もたらされたのは、自衛隊と米軍との、これまでにない「一体化」であるだから成立後も、安保法の廃止を求める声は消えない。違憲訴訟も各地で準備されている。元防衛官僚でこの法に反対の立場の柳沢協二氏はかつて、法案は通ったとしても、現実に自衛隊が外国に行って最初の一発を撃つまで、時間はあると述べていた夏の参院選の結果次第では、憲法改変が動きだす可能性も取りざたされている。国のかたちを大きく変えるかもしれない大事な岐路となるだろう。どう向き合うかは、むろん政治家だけの話ではない。

 

(天声人語)3月の言葉から

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 「当たり前にある日常のありがたさを胸に、僕たちはグラウンドに立ちます」。香川?小豆島高校、樋本(ひもと)尚也さんの選手宣誓が甲子園の春風に乗っていった。花咲き初(そ)める3月の言葉から沖縄本島北部で芭蕉布(ばしょうふ)を織り続けてきた人間国宝、95歳の平良(たいら)敏子さん。木の瘤(こぶ)のような飴色(あめいろ)の親指を見せて「この手が勲章よ」と笑う。「芭蕉布はね、作り手の人となりがわかるんですよ。心の乱れはすぐ表れる。正直じゃないとできない」体と心の性が一致しないトランスジェンダーであることを公表している歌手で俳優の中村中(あたる)さん(30)は思春期にいじめの標的にされた。「でも私は仕返しする代わりに、私の中の刃を、歌にした。刺し返したら、憎しみは連鎖してしまう」東日本大震災から5年。宮城県名取市の工藤博康さん(50)は「復興、復興と、何だか16ビートで追い立てられ続けているというか……」と外からの掛け声への違和を語る。「記憶も流されていき、いまも『失い続けている』という感じです」福島市生まれの歌人、本田一弘さんが〈もう五年いやまだ五年 五年といふ時間の重き雪が積もりぬ〉。三月十一日が「3?11(さんてんいちいち)」と記号のように表されることへの抵抗感を詠んだ一首も重く響くなでしこ散る。サッカーの日本女子代表がリオ五輪への道を絶たれた。監督を退任した佐々木則夫さん(57)は「頼りなさそうな私によくついてきてくれた。選手たちの包容力、頼もしさを感じた」。敗軍の将が選手をたたえて。

 

 

(天声人語)別れと出会いの春に

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 自然の春は悠々たる歩みで北をめざす。人間の春は、別れと出会いが交差する。きょうからあすにかけてが、その変わり目になる。別れの3月はあわただしく過ぎて、新たな出会いへと暦が一枚めくられる15歳のHさん。小学時代から当欄あてに便りを送ってくれていた彼女から、笑顔のスナップ写真つきで、志望の高校に合格しましたと朗報が届いた。季節が明るく扉を開けていくこの時期に、新しい年度が始まるのはいいものだされど順風をはらむ人ばかりではあるまい。望みに届かなかった受験生もあろう。勤め人なら辞令一枚で東へ西へ、春の列島を得意と失意が行き来する。赴任の切符を握っての悔し涙も、あるかもしれない折しも花の季節、詩人杉山平一(へいいち)さんの「桜」という詩の一節が胸に浮かぶ。〈みんなが心に握つてゐる桃色の三等切符を/神様はしづかにお切りになる/ごらん はらはらと花びらが散る〉。言われて気づけば、小さな切れ込みのある桜の花びらは、神様がハサミを入れた切符のようでもある咲き満ちた桜の下では、だれもが等しく三等切符を心に握って、薄紅色の花を楽しむ。人生という旅を慰め、励ます桜に、分け隔てはないのだと、詩は優しくうたっている当コラムにも別れと出会いの春となる。紙上のささやかな敷地に昔ながらの表札を掲げて、日々大勢の方にお立ち寄りいただいた。ご愛読に深く感謝いたします。厳しくも温かい声を励みに、あすからは新しい言葉が刻まれます。

 

 

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