录音:
チャレンジ1
日本人と耳
黒沼 ユリ子
東洋と西洋では、いろいろな考え方や習慣が今でも異なるが、音楽の聴き方の最大のちがいは、西洋では音楽を聴く場所が伝統的に建物の中であり、日本では外が多かったことではないか①。石造りの教会の中や宮殿の広間、そしてコンサート・ホールヘと発展していったヨーロッパの音楽は、常に四方を壁で囲まれた、いわば箱の中で、その共鳴を伴って響いていた。ところが、日本では、山を借景にした庭園に舞台を造ったり、
家の中で演奏する場合にも、廊下ら扉はすべて開けはなたれ、音楽は周囲の空気の中に散っていった。つまり、西洋では、自然の音をシャットアウトした場所を音楽のために造ったのに対し、日本では、わざわざ音楽をするために自然の中に出て行ったり、自然の音が入って来るように座敷と庭の境界をとリ除いたりしていたのだ。
日本には、自然音を生活にとり入れる伝統があり、それを日本人は、ことのほか心地よいものとして愛してきた。例えば、風鈴の音を聞くことによって涼しさを感じたり、玉砂利を踏んで神杜に初詣に行き厳粛な気持ち②になったり、川のせせらぎの音を交えながら薪能を観たり、竹林の中で尺八を吹いたり……。空気の動き、つまり風の音、水の流れの音、鳥の声、玉砂利や落ち葉の上を歩く音など、西洋では音楽を聞くために邪魔もの扱にされ、閉め出されていた自然音や生活音を、日本の伝統音率は自ら求め、共存しながら生まれ、発展してきたといえよう。
ところが、最近の日本人の耳は一体どうなってしまったのだろう、と日本に帰るたびに私は首をかしけざるを得ない③。巷の騒音の不感症になり、レストランや喫茶店の中、エレベーターの中までBGM(バックグラウンドミュージック)なるものが流れ、好むと好まざるとにかかわらず、騒音と音楽が無理やりに私たちの耳に侵入してくる。このことに対し、何か大きな反対運動が起こっているとも聞かない④。それ⑤は、戦後の日本が世界中に売りまくったトランジスターラジオから始まった電気による音響機材の発達と平行して、日本人の耳が退化したからではないか。どんなに強い音を流しても音が割れない高性能なアンプやスピーカーが開発され、今や日本人のみではなく、世界中のロック・ファンの耳は、より強い音を求め、木の葉のささやきには気づきもしなくなっている。この罪は一体誰がつぐなうのだろうか。
(『日本語教育通信』21号 国際交流基金日本語国際センター)
注釈
1.シャットアウト:邪魔者が中に入らないように、閉め出すこと。 2.音楽をする:音楽を演奏すること。 3.ことのほか:格別に。特に。 4.薪能(たきぎのう):昔は神事能の一つだったが、今は薪の火の照明を助けとする夜間野外能を指す。 5.BGM:人々の心を和らげる背景として流す音楽。 |
練習問題
1.「日本では外が多かったことではないか」とあるが、表現法から考えれば次のどれか。
a.腕曲 b.否定 c.疑問 d.推量
2.文中の「厳粛な気持ち」はどのような感じか。
a.おごそかで、心がひきしまる感じ
b.事実を隠したりごまかしたりできず、誠実な感じ
c.真剣で真面目な感じ
d.厳しくて泣きたい感じ
3.「日本に帰るたびに私は首をかしげざるを得ない」とあるが、なぜか。
a.大きな反対運動が起こらないから
b.騒音の氾濫が日本人黙認されているから
c.日本人の耳が退化したから
d.日本の音響機器が発達しているから
4.「何か大きな反対運動が起こっているとも聞かない」の「聞かない」は次のどの説明に近いか。
a.聞く気にならない
b.聞くことはない
c.聞いたことはない
d.聞こうとしない
5.「それは、戦後の日本が世界中に……」の「それ」は何を指すか。
a. 巷の騒音に不感症になること
b. レストランや喫茶店の中、エレベーターの中までBGMが流れること
c. 騒音と音楽が無理やりに私たちの耳に侵入してくること
d. cに対し、何か大きな反対運動が起こらないこと