一段 むかし、おとこ、うゐかうぶりして、ならの京、かすがのさとに、しるよしゝて、かりにいにけり。そのさとに、いとなまめいたるをむなはらからすみけり。このおとこかいまみてけり。おもほえずふるさとにいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。おとこのきたりけるかりぎぬのすそをきりて、うたをかきてやる。そのおとこ、しのぶずりのかりぎぬをなむきたりける。 かすがのゝわかむらさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず となむをいづきていひやりける。ついでおもしろきことゝもやおもひけむ。 みちのくのしのぶもぢすりたれゆへにみだれそめにし我ならなくに といふ哥のこゝろばへ也。むかし人は、かくいちはやき、みやびをなむしける。 二段 むかし、おとこありけり。ならの京はゝなれ、この京は人のいゑまださだまらざりける時に、ゝしの京に女ありけり。その女世人にはまされりけり。その人、かたちよりはこゝろなむまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし、それをかのまめおとこ、うちものがたらひて、かへりきていかゞおもひけむ、時はやよひのついたち、あめそをふるにやりける。 おきもせずねもせでよるをあかしてははるのものとてながめくらしつ むかし、おとこありけり。けさうじける女のもとに、ひじきもといふ物をやるとて、 おもひあらばむぐらのやどにねもしなむひじきものにはそでをしつゝも 二条のきさきの、まだみかどにもつかうまつりたまはで、たゞ人にておはしましける時のことなり。
三段