(天声人語)忖度の弊害
2017年4月1日05時00分
外国語に訳しにくい単語を集めた『翻訳できない世界のことば』という本があり、日本語のTSUNDOKU(積ん読)が取り上げられていた。「本を積み重ねて読んでいない後ろめたさ」と「いつかは読みたいとの気持ち」を込めて訳すのは、たしかに難題だろう▼先日の英紙フィナンシャル?タイムズの見出しには、Sontaku(忖度〈そんたく〉)の語があった。「まだ出されていない命令に、先回りして懐柔的に従うこと」と苦心して訳していた。日常であまり使わない言葉が脚光を浴びるようになったのは、森友学園問題ゆえである▼学園が格安で国有地を入手できたのは、名誉校長だった首相夫人や首相官邸の意向を役人たちが忖度したためでは、との疑いが出ている。財務省、国土交通省、大阪府……。二重三重の忖度のにおいがする▼忖も度も「はかる」の意味である。それが最近では、権力者の顔色をうかがい、よからぬ行為をすることを指すようになってしまったのか。議論や異論が押しやられ、「それは理屈に合わない」といった声が消えてしまうのが怖い▼「他人(たにん)心(こころ)有(あ)らば 予(われ)之(これ)を忖度(そんたく)す」とは古代中国の詩集「詩経」の一節である。他の人に悪い心があれば私はこれを吟味するという意味だと、石川忠久著『新釈漢文大系』にある。もともとは悪いたくらみを見抜くことを指したのか▼すばやく行き来するわるがしこい大兎を良犬が獲(と)らえるように、と詩は続いている。現代日本の忖度からはずいぶん遠い光景である。