名選手の去り際はそれぞれに味がある。世界のホームラン王は「王貞治としてのバッティングができなくなった」と目を潤ませた。その年も30号には届いたが、ファンの落胆は誰より本人が知っていた。看板技の陰りは、選手生命さえ決する▼去年の貿易収支が31年ぶりの赤字と聞いて、一時代の終わりを思った。原材料を買い、優れた製品にして稼ぐ。技術と品質で戦う輸出立国こそ日本の命脈なのに、お家芸が思うに任せない▼前回の赤字は王さん引退の年、第2次石油危機の後だった。エネルギーは鬼門だ。去年は原発事故で火力用の燃料輸入が急増した。輸入原油が通過するホルムズ海峡の緊張で、価格の先高感も強い▼輸出はより厳しい。震災による生産減は去年限りでも、円高で工場が外に逃げる。頼みの中国市場は不安定、韓国の猛追で商品競争力とて絶対ではない。海外からの利子や配当で赤字が埋まらなければ、外国に借金するほかない▼「真っすぐが通用するうちに、次の変化球を覚えておけよ」。西武のエースだった東尾修さんは、後輩の工藤公康投手にそう助言したという(『トップアスリート名語録』桑原晃弥(てるや)著)。直球とカーブ主体だった工藤さんは球種を増やし、30年近く現役を通した▼さて、輸出に代わるべき日本の「決め球」である。円高に乗じて外国企業を買うのも一計だが、まずは空洞化を阻み、財政赤字を減らす守備固めを急ぎたい。幸いにも、いや不幸にしてと言うべきか、国に引退はない。