英国首相だったチャーチルはノーベル賞をもらっている。政治家だから平和賞と思われがちだが、長大な「第二次大戦回顧録」で文学賞を射止めた。国家存亡の非常時に首相に就任した1940年5月10日、深夜のベッドでの感慨をこう記している▼「過ぎ去った人生のすべては、ただこの時、この試練のための準備にすぎなかったという気がした」。ときに65歳。戦端は開かれ、ヒトラーは欧州を席巻しつつあった。命運の尽きかけた英国を、このリーダーの不退転の信念が救うのは歴史の示すところである▼野田首相が年頭の会見でチャーチルを引き合いにしたのも、いまの国難と不退転を重ね合わせてのことだろう。災害に加え、国の借金はとうに危険水域にある。社会保障は揺らぎ、このままでは日本は根腐れしかねない▼野田さんの思いもチャーチルの就任時に引けは取るまい。だが数々の演説で民衆を率いた名宰相と違い、胸に届くものが乏しい。きょうからの通常国会、まずは施政方針演説で、どれだけ言葉を響かせられるだろうか▼もっとも自民党にしても、「偽りの政権に終止符を」などと解散を叫ぶばかり。国会は荒れ含みといい、貧寒ぶりに昨今は議会制民主主義そのものへの失望が膨らんでいる▼きょうはチャーチルの47回目の命日になる。享年90の辞世の言葉「もうすっかり、いやになったよ」は最後のユーモアでもあったろう。同じ言葉が政治への嘆き節となって口にのぼる。そんな日本ではやりきれない。