(天声人語)鈍りゆく「電気感覚」
2017年4月7日05時00分
スマホは電池切れ。エレベーターは動かない。駅に電車は来ない。「大阪あたりには電気が来ている」。うわさを信じた人たちが我先に東京を脱出する。上映中の映画「サバイバルファミリー」は電気に頼りきった暮らしのもろさを描き出す▼九十九里浜に近い不動産会社「大里綜合(そうごう)管理」(千葉県大網白里市)を訪ねた。東日本大震災から6年たったいまも、腰をすえて「計画停電」を続けていると聞いたからだ▼同社は夏の間、毎日正午から約4時間、空調や照明を止める。来客には別室で省エネ扇風機を回す。創業1975年、従業員25人の会社である。「震災前は電気のことを考えたこともなかった。でも原発事故は政府と電力会社だけの責任じゃない。好き放題使ってきた私たちの問題でもあると気付きました」と野老(ところ)真理子社長(57)は話す▼窓によしずを張り、網戸で風を通す。LED灯に買い替え、夜の会議を減らす。年ごとに節電項目は増え、消費電力は減った。昨年度は2万2491キロワット時。震災前を100とすれば20?5である▼震災の日、津波は外房にも寄せた。千葉全県で22人が亡くなった。直後の様子を伺いながら、停電映画の場面が浮かぶ。信号の消えた交差点、真っ暗なコンビニ、高速道路を歩いて避難する人の波――▼ふりかえれば、あの日を境に、電気はいや応なく意識せざるをえない存在に変わったはずだった。映画を見て、外房を歩いて、あの春のヒリヒリした「電気感覚」がよみがえった。