36 義務・必要・不必要
36.1 ~なければならない・なくてはいけない
36.2 ~べきだ
36.3 V-ざるをえない
36.4 V-ないわけにはいかない
36.5 ~なくてもいい
前の章で「禁止」や「許可」の表現について見てきましたが、それらの表現
と関連付けて説明されることの多いのが、ここで見る「義務・必要・不必要」
の表現です。
禁止の「~てはいけない」の前に否定の「ない(なく)」をつけて「~なくて
はいけない」とすると、「そうしないことがいけない」つまり「そうすること」
が義務になったり、必要と考えられたりします。
かなり近い意味で「~なければならない」という形もあります。「~なけれ
ば」は「ない」の条件の「~ば」の形で、「ならない」は「なる」の否定形で
す。
また、許可の「~て(も)いい」の前に否定を加えた「~なくて(も)いい」は
「そうしない」ことも許される、あるいは不必要なことになります。
約束は守らなくてはいけない。(一般論として)
今週の宿題をやらなくてはいけません。(個人的な必要)
学生は勉強しなければならない。
この本を読まなければなりません。
高校以上の教育は受けなくてもいい。
試験が終われば、勉強しなくていいよ。
以上の四つの表現の関係を図にすると、次のようになります。
(許可)てもいい ←→ てはいけない(禁止)
↑ ↑
↓ ↓
(不必要)なくてもいい ←→ なくてはいけない(必要)
(なければならない)
それぞれ、基本的な意味の他に、少し違った用法を持っていますので、常に
上の図のようには対応しませんが、基本的な関係は上のように考えていいでし
ょう。では、この四つのうちの下の二つを見ていきましょう。
36.1 なければ/なくては ならない/いけない(なりません/いけません)
36.1.1 形と接続
述語のあとに続く形は、それぞれ二つの部分に分けられます。「なければ・
ならない」「なくては・いけない」と分けられ、それぞれの組み合わせができ
るので、次の4つの形が可能です。
~なければならない ~なければいけない
~なくてはならない ~なくてはいけない
「ならない・なりません」が動詞「なる」の普通形と丁寧形に当たることは
「いけない・いけません」の場合と同じです。それ自体が否定の形で、さらに
その否定の形はありません。過去の形はあります。
これらの形は述語のナイ形と同じです。形容詞や名詞述語も来ます。
大学生協の品物は安くなくてはいけない。
図書館というものは静かでなければならない。
責任者は20才以上でなければなりません。
話しことばで、「なければ」が「なけりゃ」、さらには「なきゃ」に、「な
くては」が「なくちゃ」になります。
おっと、もう帰らなけりゃいけない時間だ。
何とかしなきゃいけないなあ。
行かなくちゃ 君に会いに行かなくちゃ
古い形で「~ねばならない/ねばならぬ」という形があります。
教師は、そのくらいのことは当然知っておかねばならない。
とめてくださるな。行かねばならぬ。
「する」は「せねばならぬ」となります。「来る」は「こねば」です。
今日の試合は反省せねばならぬところがいくつもあった。
「ならない・いけない」のかわりに「だめだ」も使えます。
こういう時こそ、何か新しい方法を採らなくてはだめである。
どうしてもやらなきゃだめ?
36.1.2 意味
「形」のところであげた4つの形の使い分けは、人によって多少違うようで
すが、大まかに言って、「~ならない」のほうが社会的・道徳的な面が強いの
に対して、「~いけない」のほうが個別的・個人的な状況によるものです。
また、「~ならない」は、そうしないと本来のあり方に反する、常識に反す
る、という意味合いになり、「~いけない」は、そうしないのは悪いことだ、
何かがうまく行かないことが暗示されています。
とは言っても、次の二つがどれだけ違うかというと、よくわかりません。
交通規則は守らなければなりません。
交通規則は守らなくてはいけません。
ただ、ある場面で、聞き手は話し手の言葉に従いなさい、という命令の意味
合いを持たせるなら、
あなたはこの部屋にいなくてはいけませんよ。
あなたはこの部屋にいなければなりませんよ。
のように「~なくてはいけない」を使うほうがいいでしょう。「なりません」
のほうは、「そうしないと、あとで怒りますよ」という迫力がありません。
逆に、起きることが必然的な場合は「ならない」のほうが合います。
我々もいつかは死を迎えなければならない。
我々もいつかは死を迎えなくてはならない。
我々もいつかは死を迎えなければいけない。
我々もいつかは死を迎えなくてはいけない。
後の二つは少し変です。「~なくてはいけない」なら、
我々は落ち着いて死を迎えなくてはいけない。
のような、取りうる態度についてのことになるでしょう。
以下では「~なければならない」の形を主にして、適当と思われる場合には
「~なくていはいけない」の例文をあげていくことにします。
さて、この文型の表す意味は、「義務・当然・必要・必然」とか、あるいは
難しいことばで「当為」などと言われています。「当為」とは何かと調べると、
「すべきこと」となって、結局何だかわかりませんが。
人の意志的行為で、立場上そうすることが社会的に要求されるようなことを
するのが「義務」でしょうか。たとえば、
学生は勉強を、教授は研究をしなければならない。
国民は税金を納めなければならない。(納税の義務)
しかし、次の例は「義務」とは言えません。個人的なことです。
給料日前は倹約しなければなりません。
これが「当然」あるいは「必然」であるかどうかは人によるでしょうが、状況
はよくわかります。
意志が強く出ている例。
次の試合はぜひとも勝たなければなりません。
「決意」に近いとも言えますが、やはりそのような状況の必要性を述べてい
るのでしょう。
[もの]名詞が主体の例では、「義務」という解釈はできません。
時代は、変わらなければならなかった。
大学入試は根本的に考え直されなければならない。
「必然・必要」の意味合いです。そのことが起こる以外の状況は存在しない、
あるいはダメだ、という強い主張です。
形容詞・名詞述語の場合は、同じようにある状態・性質などについて、それ
以外はダメだ、と主張します。
授業は楽しくなくてはいけない。
国会議員は、日本人でなければならない。
論理的必然を表す例。それ以外ではあり得ない、ことを示します。
x+y=5、x×y=6ならば、x、yは2と3でなければならな い。
[ハとガ]
次の例を比べてみて下さい。
君は来なくてはいけない。
君が来られなくてはいけない。
「~てはいけない」で述べたことと似た現象が起きています。「君は」のほ
うは、「君」が「来る義務」を持っているのですが、「君が」のほうは、「君
が来られる」という状況の必要性を述べています。言い換えれば、「君が~な
くてはいけない」のではなくて、
[君が来られない]てはいけない
とでも表されるような構造になっています。これを「君は」にすると、落ち着
きが悪くなります。
?君は来られなくてはいけない。
「授業」の例で「が」にするとどうなるでしょうか。
授業が楽しくなくてはいけない。
「授業は」のほうは、楽しい授業にしろ、という新米教師への忠告ですが、
「授業が」のほうは、仕事を楽しめ、と言っているようです。あるいは、
教師は、授業が楽しくなくてはいけない。
という形に解釈されてしまうのでしょうか。
[~ないといけない]
「ては」でなくて、「と」を使った文型です。「35.禁止・許可」でとりあ
げた「~といけない」が否定の述語を受ける形です。
レンタカーは、まずブレーキを試しておかないといけない。
靴を買うには、必ず夕方に履いてみないといけない。
受験生はこのぐらいのことは知らないといけません。
君がそのことを知らないといけないと思うので、教えておく。
最後の例は、誰かが「君」に教えておくことが必要だ、というような意味で
すが、ここで「君は」にすると、
君はそのことを知らないといけないと思うので、教えておく。
「君」のほうに、知っておく責任がある、だからちょっとお節介だが「教えて
おく」というような意味合いになります。
36.2 ~べき だ/です
「~なければならない」と近い意味で、書き言葉的です。一般的・道徳的に
それが正しい、というような意味合いで使われます。
「する」では「するべき」と「すべき」の二つの形があります。この「だ」
は名詞述語の「だ」と同じように変化します。
「~ので」などの前では「べきな(ので)」となります。
否定は「~べきではない(ではありません)」です。これは「35.禁止」でと
りあげました。
この問題は早く解決すべきです。(するべきです)
約束は守るべきです。
高校生は酒を飲むべきではない。
形容詞や名詞述語に接続する場合は、「A-くある、NA/Nである」の形
に接続します。かなり硬い感じがします。
街は美しくあるべきです。
人は正直であるべきだ。
小学校も土曜日は休みであるべきだ。
話し手の個人的なことには使えません。
今日はお客が来るので、私は早く帰らなければなりません。
のような場合は、「~べきだ」は使えません。
法律は守るべきだが、家族のためには法を破らなければならないこ
ともある。
「法を守る」のは社会常識ですが、「法を破る」ほうは、個人的なことです。
聞き手に対しては、客観的判断として言えます。
彼が待っているのだから、あなたは早く帰るべきです。
話し手のことでも、客観的に見てそのような状況だ、という場合は使えます。
私も行くべきなのですが、外せない用事があって行けません。
過去の形で言い切ると、「そうしなかった」という含みが出がちです。
あの時、君はそう言うべきだった。(実際は言わなかった)
あの時、君はああ言うべきだったんだ。だから、言ったことを後悔
しなくていいんだよ。(実際に言った)
「べきだ」の名詞修飾の形は「~べきN/べきで(は)ないN」となります。
読むべき本がたくさんある。
休むべきでない人が休んでしまった。
36.3 V-ざるを えない/えません
動詞のナイ形に接続します。「ざる」は古典語の否定を表す「ず」の「連体
形」です。「え」は可能の意味の補助動詞「う(る)」の「未然形」です。現代
語に直訳すれば「しない(こと)はできない」となります。過去の形は「~えな
かった(です)」。
「あまりそうしたくないのだが、そうしないとよくないので/ほかに選択が
ないので・・・」という気持ちが含まれている表現です。少し硬い言い方で、話し
ことばではあまり使われません。代わりに、次の「ないわけにはいかない」や
「なければならない」が使われます。
行きたくないのだが、行かざるをえない。
食べるためには、毎日働かざるをえなかった。
まあ、そう考えざるをえませんね。
まったくひどい話だと言わざるをえない。
彼女がそこにいなくてよかったと思わざるをえない惨状だった。
最後の例は「~なければならない」では言えません。
36.4 V-ないわけには いかない/いきません
動詞の否定の形に接続します。動詞「いく」の否定の形とちょうど同じ形に
なります。過去もあります。「V-わけにはいかない」という形は「可能」の
ところでとりあげりました。「しないということができない」のだから、「必
然」になるのでしょう。
何があっても、行かないわけにはいかない。
頼まれれば、手伝わないわけにはいきませんでした。
よくないことだけれども、しないわけにはいかなかった。
利益のためには、嘘に近いことも言わないわけには行かなかった。
そうしたくなくても、あるいは、そうしないほうがいいのだけれども、ある
事情からそうしなければならない。そして、その事情とは多分に心情的なもの
のようです。
36.5 ~なくてもいい(です)
この形は、「~てもいい」の前に「~ない」が来て、「~なくて」に変化し
た形です。ですから、意味が似ていて「否定の許可」という面があります。形
容詞・名詞述語にも使えます。「~よい」も可。「も」のない形もあります。
あなたは行かなくて(も)いいです。
このレポートは出さなくて(も)いいです。
動詞以外の場合には、「許可」というよりは「許容」という意味合いです。
広くなくてもいいですが、明るい部屋をお願いします。
この仕事は専門家でなくてもいいです。
「~てもいい」との違いの一つは、「~なくてもいい」のほうが、「~して
もしなくても、どちらでもいい」という意味合いを強く持っていることです。
上の二つの例も、「行っても」いいし「レポートを出しても」いいでしょう。
もちろん「~てもいい」の場合も、「~なくてもいい」のですが、そのことは
全然問題にされていない、という感じがします。
かなり否定的な意味が強くなって、「しないほうがいい」に近くなることが
あります。「不(必)要」の意味になります。「否定の許可」ではなくて「許
可(許容)の否定」です。「も」を省いたほうがその感じが出ます。
君は行かなくていいんだよ。
言わなくていいことを言う人だ。
相手の行為に対して「~なくてもよかった」と言うと、そうする必要はなか
ったという意味が出てきます。さらに強く、非難にもなります。まさに「許せ
ない!」という気持ちです。
お土産なんか持ってこなくてもよかったのに。
あんなこと言わなくてもいいのに・・・(すでに言ったこと対して)
「も」を省いた過去の場合、
行かなくてよかった。
は、三つの意味になります。
a そのとき、ほかの人が行った。だから私は行かなかった。
b そのとき行ったけれども、本当はその必要はなかった。
もう一つ、「~て、ちょうどよかった」のように「~て」を節と考える場合。
c 行った人はひどい目にあった。私は行かなかったので助かった。
この場合は、「~ても」にはなりません。それぞれの例をもう一つずつ。
おととしは出席しなければならなかったが、去年は出席しなくても
よかった。
あんなつまらない会議なら、出席しなくてもよかった。
会議は5時間も続いたそうだ。ちょうど仕事があって出席しなくて
よかった。
上の「あんなこと言わなくていいのに・・・」の例も、文末は「言った」になり、
過去の文になります。
「~てもかまわない」に対応した表現で「~なくてもかまわない」がありま
す。また、硬い表現で「~なくともよい」という形があります。
そんなお金、払わなくてもかまいませんよ。
「ここに置いて行ってもかまわない?」「ああ、かまわないよ」
この欄は記入しなくともよい。
「いい」のかわりに「けっこうだ/よろしい」も使えます。
こんなこと、なさらなくてもけっこうでした/よろしかった のに。
話しことばで、「~ないでいい」ということもあります。
まあ、やらないでいいのなら、それですませたいね。
君は明日から来ないでいいよ。
参考文献
森山・安達19『セルフマスターシリーズ6 文の述べ方』くろしお出版
森田良行・松木正恵1989『日本語表現文型』アルク出版
阪田・倉持1993『教師用日本語教育ハンドブック 文法II 改訂版』国際交流基金
田村直子1999「ナケレバナラナイの用法と命題要素とのかかわり」『日本語教育』101
須田義治1991「「なければならない」の文」『日本語学科年報』13東京外国語大学
森山卓郎1997「日本語における事態選択形式-「義務」「必要」「許可」などのムード形式の意味構造-」『国語学』188