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清明上河図
作者: 发表时间:2010-02-05 浏览:6015

石九鼎の漢詩館 
        
 ★★ 清明上河図 ★★
  
独断・清明上河図を旅する 

  目次

    第一幕。清明上河図 
    朝靄の農村の風景
    農村から宿場町へ 
    集落の入り口と農村風景
    運河沿い朝の荷揚げ作業 
     船着場の酒楼と安宿の人々
    運河に働く水上生活者たち 
    運河に働く・荷揚げ風景    
    雑般座船と船引き人夫たち
 10   第二幕。 「紅橋」附近の風景  
 11   紅橋界隈の風景 
 12   成尋。参天台五台山記。 1  
 13   成尋。参天台五臺山記。 2  
 14   紅橋の上での露店と庶民 
 15   櫓の組み立て式の酒楼   
 16   酒楼沿いの市民の生活
 17   町の商売・お店。 1
 18   「担銭人」と呼ばれる銭運び
 19   町の商売・お店。 2
 20   楼閣と城門附近の風景
 21   城内門の風景・1
 22   開封の風物詩 
 23   清明上河図総論と流傳場所   
 
張択端《清明上河図卷》
 



 


[張択端の生涯]
失伝の画家の一人 徽宗朝あるいは金の宮廷画家 界画(定規などを用い描く画)が得意
金 張著跋“翰林張択端、字正道。東武(山東省諸城)人也。幼読書,遊学于京師。後習絵事。本工其界画,尤嗜於舟車市橋、郭径別成家数也。按《向氏評論書画記》云 《西湖争標図》《清明上河図》選入神品。蔵者宜宝之。大定丙午(1186)清明後1日、燕山張著 跋”






 
[作品] 絹本淡彩 24.8×528cm 北京故宮博物院蔵
清明節(陰暦春分の日から15日めの節句、新暦4月5日頃)の季節北宋の都、汴京(河南省開封)汴河両岸と城門内外(内城東南の東角子門?)の都市生活風景
北宋の最も進んだリアリズムの視点
 散点透視法(現代中国の説明、複数の視点が複合した透視法)など
大きく三段:(前後切れているか)
〔首段〕 郊外の風景 農村 旅人 駕篭の一行
 〔中段〕 城外汴河の透視法(短縮遠近法)の船 虹橋(上土橋?)下の緊張した瞬間 群衆
〔後段〕 城門楼(東角子門?) 城内の街道 大小の店 酒店本店 寺観 車馬や駱駝
おりおりの細密な風俗描写;
紳士、官吏、仆役、販夫、走卒、車轎夫、大工、芸人、理髪、医生、易者、貴家の婦女子供、行脚の僧、乞食などの人物
轎子、駝隊、牛、馬、驢車、人力車 串車、太平車、平頭車など交通工具
[来歴]
跋:金 張著、元 楊準、明 呉寛など13家の題記、96方印
北宋末南宋初 張択端作
金 1186年張著
元 内府→1352年以前民間へ 杭州陳彦廉→至正辛卯蜀人楊淮→静山周氏
明 宣徳年間李賢 1491前後朱奎(文徴)→宜興の徐溥(文靖)→1515頃李東陽1447-1516→1524陸完1458-1526→昆山顧鼎臣1200金で入質→
  嘉靖年間厳嵩1480-1565、子厳世蕃 文嘉『鈐山堂書画記』張丑『清河書画舫』
  厳嵩失脚に伴い官に没収→隆慶年間朱希忠に払い下げ→
  1578年頃宦官馮保1530?-1582→馮保失脚に伴い宮廷に没収→明末所在不明
清 陸費墀  畢沅1730-1797→
  1799年内府へ→1816『石渠宝笈三篇』著録
満州国 1931年溥儀の長春宮廷東院図書楼へ→1945年混乱により流失
   1945年通化で人民解放軍の張克威により政府へ没収
中国 1950年楊仁愷が東北博物館で発見→北京故宮博物院へ
[著録]
明末 張丑『清河書画舫』
清 孫承択『庚子銷夏記』,卞永誉『式古堂書画彙考』,『石渠宝笈三篇』など
[清明上河図の他の伝承作品]
明 伝 仇英 清明上河図巻 絹本設色 30.5×987cm 遼寧省博物館 巻末に王宮 蘇州の風景
明 伝 仇英 清明上河図巻 台北故宮博物院 他1本
明 四明 趙浙 清明上河図巻 絹本設色 1577年 林原美術館 国華567
明 清明易簡図巻 絹本設色 台北個人
清 陳枚、孫祜、金昆、戴洪、程志道合作 清院本 清明上河図巻
 絹本設色 35.6×1152.8cm 台北故宮博物院 乾隆元年12月15日完成
メトロポリタン美術館 2本、フリア-美術館 2本、大英博物館など40件以上