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天声人語(2017年1月)
作者: 发表时间:2017-02-05 浏览:1861

 (天声人語)合州国の異議申し立て


2017年1月31日05時00分

「アメリカ合衆国」という言葉は、民主主義国家の雰囲気をかもし出すものの、訳語としては違和感を覚える。ユナイテッド?ステーツ?オブ?アメリカなのだから、州の連合体であり「合州国」だろう▼いくつかの州から出てきた動きに、かすかな救いを見た思いがした。トランプ氏が大統領令で中東?アフリカの7カ国の国民や各国からの難民の入国を一時禁止したことに対して、カリフォルニアやニューヨークなど15の州と首都ワシントンの司法長官が、非難する声明を出した▼声明は強い調子である。大統領令を違憲で違法だと述べ、連邦政府に憲法を守らせるために取り組んでいくとした。「宗教的自由はこれまでもこれからも我が国の鉄則である。この真実を、いかなる大統領も変えることはできない」とある▼暴言から暴投へ。就任から1週間余り、大統領令を連発するトランプ氏である。通商協定TPPからの離脱を決め、メキシコ国境に壁をつくるよう指示する。なかでも今回の入国禁止には「イスラム教徒への狙い撃ち」との批判が高まっている▼米国の強みは多元主義である。それを傷つけてしまうとの危惧が強まっている。ニューヨークの連邦裁判所は強制送還を認めない仮処分を出した。議会も含め、三権分立が十分機能することを願う▼各地の空港では抗議をする人びとの姿がある。数々の手書きのプラカードの映像を目にしつつ、合衆国の多様な「衆」の強さを思う。けっして、蟷螂(とうろう)の斧(おの)ではないはずだ。



(天声人語)猫ブーム続く

2017年1月30日05時00分

 いまどきの愛猫家も驚く可愛がりようであろう。作家の内田百けん(ひゃっけん)は、飼い始めた野良猫の子「ノラ」の好物は何かが気になって仕方がない。15円の牛乳は気に入らないようだから、21円のを飲ませる。猫が食べなかった魚のアラを、味付けをし直して夫婦でいただく▼犬と違って恩を感じるそぶりがないところがいいと書いている。「恩のやり取り、取り引きは人間社会で間に合つてゐるからノラには御放念を乞(こ)ふ」(『ノラや』)。しかし老作家の情は深く、猫が行方知れずになると仕事も手につかなくなる▼数年来の猫ブームだという。愛らしくも人にこびない姿に引かれるのか、ネットで写真が広がる。推計される飼い猫の数は、飼い犬を追い抜く勢いである▼写真集なども売れて「ネコノミクス」の言葉もある。一方で猫も犬もペット業界の扱いが問題になっており、生まれてから買われるまでに3%が死んでいると先日の記事にあった。商品でなく命との付き合いだと改めて想起したい▼「寛容であれ――でもあまり言いなりになってもいけない」。猫が教えてくれるのは例えばそんなことだと、ベッカー著の絵本『大事なことはみーんな猫に教わった』にある。相手に寄り添いつつも振り回されない。そんな猫流には、人付き合いのヒントがありそうだ▼猫のマイペースな姿には「自立を失わず人に頼るべし」の教訓があるという。猫好きでなくてもときに彼らの気持ちになってみるのは悪くない。意外と深いかもしれない。



(天声人語)アウシュビッツ解放から72年

2017年1月29日05時00分

 ユダヤ人言語学者ビクトール?クレンペラーの日記に、ナチ政権下で迫害がじわじわと進むさまがつづられている。「ユダヤ人がドイツ語で書いたものはデタラメ」との貼り紙が大学に現れる。教授職を解雇するという通知が突然送られてくる▼「ふだんまともな考えをする多くの者が、内政の不公正に鈍感になり、とくにユダヤ人の不幸をきちんと把握せず、近ごろではヒトラーにかなり満足しだしたように思える」との記述もある。多くの人が傍観を続けたことが事態を少しずつ悪化させていった▼ユダヤ人たちはやがて強制居住区へ、そして強制収容所へと追いやられた。ポーランドにあるアウシュビッツ収容所は、人類によるおぞましい所業を象徴する場所である▼数年前に訪れたとき、所員たちの精神的負担を軽くするための手立てに寒気を覚えた。銃殺でなくガス室へ送ることで流血を見ずにすむ。遺体の片付けを収容者にさせ、さらに距離を置く。鈍感の制度化であろう▼アウシュビッツ解放から72年となった一昨日、国連の式典でグテーレス事務総長が述べた。「ポピュリズムが、外国人への嫌悪やイスラム教徒への憎悪に拍車をかけている」。思い浮かべていた顔はトランプ米大統領、あるいは欧州の極右政治家たちか▼政治家が憎悪や排斥を戒めるどころか、むしろあおり立てる。そんな風景が珍しくなくなった。自分のことではないがゆえの鈍感さが、最後は社会全体を窒息させる。歴史の教訓を思い起こしたい。




(天声人語)吉宗の爪のあか

2017年1月28日05時00分

 時代劇「暴れん坊将軍」のモデルになった徳川吉宗は、日本の刑事司法の改革者でもある。量刑のばらつきを抑え、残虐な罰を減らし、取り調べ時の拷問に思い切った制限を加えた。そのひとつが「水責め」である。水おけに頭をつけて気絶寸前まで追い込むのは人道に反する。吉宗の先見の明と言うべきだろう▼水責めも米国ではごく最近まで使われた。アルカイダ系幹部らを情報機関CIAの係官が水責めにして尋問していた。ブッシュ(子)政権は擁護したがオバマ政権は全面禁止に転じた▼それをまた合法化するとトランプ新大統領が気炎をはく。水責めは「絶対的に効果」があり、過激派組織には「火には火」で臨むと断言した。またひとつオバマ時代の政策が葬り去られていく▼「いきなり水責めにしても、人は口を割らないものです」。数年前に取材した米陸軍少佐の言葉を思い出す。イラクなどに駐留し、人道に反しない尋問方法を探した。「アラブ系の容疑者をしゃべらせるなら、アラビア語を話す中東系を尋問役にあて、時々は中東料理も出す。最も効果的です」▼少佐は米軍の試みた尋問術を過去にさかのぼって調べた。たどり着いたのが、太平洋戦争中の旧日本軍捕虜たちの記録だ。「日系人に尋問され、和食で懐柔され、手もなく落ちていました」▼トランプ政権内でもCIA長官や司法長官は水責めには慎重である。世界を威嚇する乱暴な言葉ばかりふりまく大統領など暴れん坊将軍の足もとにも及ぶまい。



(天声人語)俳句を文化遺産に

2017年1月27日05時00分

 二十数年前、米国で作家志望の若者に俳句の決まりごとを細かく尋ねられ、季語や切れ字の説明に難渋した。「米国に自称詩人は多いけど俳人には会ったことがないから」。日本のアニメや映画に比べると、浸透度はいかにも低かった▼内外の愛好家をつなぐ国際俳句交流協会によると、近年は状況が変わりつつある。自国語で俳句を詠む人が増えた。一説に50カ国200万人。最も有名なのはファンロンパイ元ベルギー首相だろう。〈雲流れ/満月と暗い空/明と暗〉▼国内の主な俳句4団体がユネスコの無形文化遺産登録をめざして名乗りを上げた。きのうの会見では、発起人の有馬朗人元文相が「俳句は自然と共生する文学。世界に広がることで平和につながる」と訴えた▼むろんハードルは低くない。他言語に翻訳されて俳味が伝わるのか。音韻や語調の妙が消えないか。季節感は土地により異ならないか。短歌や川柳は置きざりにされるのか……▼それでも、一瞬をきりとる各国の短詩文芸がHAIKUという語で呼ばれるようになれば御の字ではないか。時代や人により様々な解釈を許す懐の広さが俳句の持ち味だろう。無季でも、自由律でも、単なる3行詩でも、俳句の友として受け入れたい▼事務局は三重県伊賀市が担う。芭蕉の出身地だ。旅立ちを鼓舞する一句が市庁舎にはためく。〈いざさらば雪見にころぶ所迄(ところまで)〉。さあそれでは雪見に参ろうか。転べば転んだときのこと。臆せず歩もう。俳聖の里の心意気である。




(天声人語)平成のプラカード事件

2017年1月26日05時00分

 列島あげてひもじさに耐えた敗戦翌年の春、皇居前広場に集まったデモの群衆の一人が手書きの抗議文を掲げた。〈朕(ちん)はタラフク食ってるぞナンジ人民飢えて死ねギョメイギョジ〉。これが官憲の目にとまる。プラカードを掲げた男性が、天皇の尊厳を害したとして不敬罪で起訴された▼世に言う「プラカード事件」である。筆者も大学の授業で教わった。過激な言い回しに共感はできないが、底にある風刺精神だけは胸に残った▼この事件を思い出したのは先週、安倍晋三首相の施政方針演説を聞いたからだ。「ただ批判に明け暮れたり、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても、何も生まれません」。野党が「強行採決反対」などと書いたプラカードを再三掲げたことを当てこすった。二階俊博?自民党幹事長も同調した。「神聖な国会の中にプラカードを持ち込んでよいか悪いかは子どもでもわかる話」▼とは言ってみたものの、自民党も野党時代にせっせとプラカードを持ち込んでいる。「議長は公正な議会運営を」「数の横暴は止めよ」「強行採決10回目」。当時の記事や写真を調べてみると盛りだくさんである▼おととい野党から発言を訂正するよう迫られた首相は、力強く切り返した。「訂正でんでんというご指摘は当たらない」。訂正云々(うんぬん)を読み違えたらしい▼国会内のプラカードの乱立が美しいとは思わないが、時の首相がわざわざ取り上げるほどの案件なのか。プラカードをやっつけても何も生まれません。




(天声人語)霜柱とシモバシラ

2017年1月25日05時00分

 いてつく朝、踏むとサクサク音を立てる霜柱ならもちろん知っていたが、シモバシラという名の植物があることを最近知った。真冬になると茎のまわりに氷が花のように咲く。つい先日の氷点下の朝、東京都町田市の薬師池公園を訪れ、実物を初めて見た▼枯れた茎を純白の氷の膜がぐるりと取り巻く。天を指す円錐(えんすい)や三角錐が多い。ふわりとした綿あめ型もあれば、細くとがった棒状もある。たわむれる氷の妖精たちのようだ。当欄に写真を載せられないのが惜しまれる▼「きめ細かな氷で、光沢は絹のよう。東京の高尾山で見て研究対象に加えようと決心しました」。そう話すのは帯広畜産大学の武田一夫教授(65)。凍結現象が専門で、舗装道路をも変形させる霜柱を分析し、三十数回訪ねたモンゴルでは永久凍土を研究した▼教授によると日本固有のシソ科植物で関東以西に自生する。氷の花の正体は、茎の表面から放射状に出る薄い氷の結晶。吸水や凍結の仕組みを物理学の手法で調べ、寒さに強い農作物にいかしたいと話す▼大寒を過ぎたが、各地で寒波が猛威をふるい続ける。山陰地方では多くの車が立ち往生を強いられた。冬に氷の観察を満喫できるありがたさが身にしみる▼〈霜柱顔ふるるまで見て佳(よ)しや〉橋本多佳子。地表の霜柱も、触れるほど顔を近づけると、その繊細な美がわかる。シモバシラもしかり。かがんで顔を寄せ、小さな宝石にしばし見入った。朝の日差しを浴びると、まもなく音もなく溶けて消えた。



(天声人語)転んだ宣教師の余生

2017年1月24日05時00分

 東京都文京区の住宅街に「切支丹(キリシタン)屋敷跡」と書かれた碑がある。通り過ぎそうになるほど目立たない。異教を禁じた江戸幕府が拷問の末に棄教させた宣教師らをこの屋敷に幽閉した▼17世紀の日本に潜入し、捕らわれたジュゼッペ?キアラ神父もそのひとり。80代で亡くなるまで40年暮らした。遠藤周作氏は彼をモデルに小説『沈黙』を書いた。米巨匠スコセッシ監督によって映画化された。信者や神父に対するむごい拷問の場面に観客席で思わず呼吸が乱れた▼キアラは牢屋で数々の責めを受ける。先に日本で捕らわれ、棄教したかつての師フェレイラがこう迫る。「お前たちが苦しめられても神は黙っているではないか」▼身を裂くような葛藤のはてに踏み絵に足を置いてしまう。岡本三右衛門という名と妻を与えられ、江戸の切支丹屋敷に押し込められる▼彼の墓碑は東京都調布市のカトリック教会の一角にたたずむ。そばの資料館のガエタノ?コンプリ館長(86)は日本に来て60年余り。昨春、イタリア?シチリア島にあるキアラの故郷を訪ねた。現地で見た肖像画には「日本で布教に努めたが、住民からとがった竹で首を刺されて帰天した」と説明文があった。キアラが棄教者ではなく殉教者と語り継がれてきたことに驚いた▼「転んだことをキアラは後悔しながら暮らした。でも信仰は最期まで捨てなかったのでしょう」とコンプリさん。「転びバテレン」の汚名に耐えたキアラが晩年まで胸に隠し続けた矜持(きょうじ)に思いをはせた。


(天声人語)遅咲き稀勢の里

2017年1月23日05時00分

 大相撲の番付表を眺めると、現代風のしこ名に目が行く。黎大(レオン)、宇瑠虎(ウルトラ)、森麗(もりうらら)。しきたりの多い角界ながら、命名は意外と自由らしい▼大関稀勢の里の場合は、「まれな勢いで駆け上がれ」との願いをこめて師匠の故?鳴戸親方(元横綱隆の里)が命名した。まれの字に希でなく稀を当てたのは、のぎへんが穀物を指すことによる。なるほど五穀豊穣(ほうじょう)を祈るまつりごとが源流の相撲にはふさわしい。悲願の初優勝をはたし、横綱昇進の機をつかんだ▼茨城県出身。小学校から野球に打ち込み、豪打で鳴らした。中学で180センチ、100キロを超え、高校野球の強豪校への進学も考えたが、「自分は体が大きいだけ。野球はうまくない」と角界を選んだ▼十両昇進、新入幕とも歴代2位の若さ。まさに稀有(けう)の勢いである。だがその後は足踏みが続く。「強い人は大関になる。宿命のある人が横綱になる。彼には何か足りない」。横綱白鵬から冷評されたこともある▼新入幕から初優勝まで73場所かかった。史上2番目に遅い記録という。その名とは違って遠回りした感もあるが、照る日も降る日もあきらめず、稽古を積んだ成果だろう▼番付表の話に戻れば、近年はしこ名を見ながら出身地を推理する楽しみが増えた。冨蘭志寿(フランシス)はフィリピン出身、大露羅(オーロラ)はロシアから。モンゴルと日本で張り合うのもよいが、多国籍化が進めば進むほど名も技もいっそう彩りを増すだろう。



(天声人語)19世紀米国のトランプ

2017年1月22日05時00分

 19世紀の米大統領アンドリュー?ジャクソンは粗野で短気な荒くれ男だった。10代で独立戦争の前線に立つ。拳銃による決闘もしたが、綿花栽培や投機で財を築いた▼対英戦争で名をあげ、大統領選では高学歴エリートを大差で退けた。政権につくと高官たちからポストを取りあげ、選挙戦を支えた友人知人らにばらまく。親友を重要な役職に就け、閣僚たちの内紛を招く。議会と対立し、国立銀行をつぶし、先住民を西へ追いやった▼強引さや身内びいきなど何かにつけて「ジャクソン以来」と評されるドナルド?トランプ氏が大統領に就任した。これほど大勢が出席招待を断り、これほど大勢が抗議集会に集まった就任式が過去にあったとは寡聞にして知らない▼リッチ、グレート、ストロング。就任演説は、拍子抜けするほど素朴な形容詞であふれた。壇上のヒラリー?クリントン氏への敬意や謝意の言葉もなかった。いかにも格調を欠く演説だったが、希代のわかりやすさで後世に語り継がれるかもしれない▼19世紀に戻ると、ジャクソンの人気は圧倒的だった。再選も果たした。「性格こそ激しいが能力は凡庸な男である」。彼に面会した若き仏思想家トクビルは、名著『アメリカのデモクラシー』でそう酷評したが、米大衆の支持は厚かった▼トランプ氏に対する米大衆の期待を各国の識者やメディアは軒並み読み損ねた。就任式で改めて「大衆第一主義」の紙吹雪がふりまかれる。政権が2期8年続く予感が胸をよぎった。



(天声人語)文科省の露骨な天下り

2017年1月21日05時00分

 今野浩(こんのひろし)さんが自分の学者人生をもとに書いた『工学部ヒラノ教授』は苦労話が満載である。研究費を申請するが何度もはねられる。ようやく認められたときには、文部省から天下った教授から、自分が口をきいてやったからだとにおわされた▼どこまでよくある話かは分からない。ただ、大学が文部科学省の意向を常に気にしているのはたしかだろう。学部の設置を認めてくれるのか。大学の予算はいくらつくのか。そんな影響力が、露骨な天下りの温床になったのだろうか▼文科省が大揺れである。組織的に再就職をあっせんしつつ、問題を隠すため口裏合わせの工作もしていた。OBを間にはさむ仕組みも作り、あっせんを見えにくくしていた。国家公務員法違反やその疑いが指摘される行為は30件以上にのぼり、官僚トップが辞任した▼あきれるのが、大学を担当する局長から早稲田大教授になった吉田大輔氏の例である。「国の政策の動向の調査研究」「文科省の事業に関する連絡調整や助言」などが大学での仕事とされていた。あからさまな大学と役所の仲立ちとしか思えない▼政府は他省庁でも問題がないかを調べるという。当然だろう。天下り規制が強化され10年がたつ。制度そのものに不備がないか、この際点検してほしい▼安倍晋三首相はきのうの演説で、明治の学制の序文を引いて「学問は身を立(たつ)るの財本(もとで)ともいふべきもの」と述べた。学問の場が役人の身を助ける道具に使われるなら、嘆かわしいというほかない。




(天声人語)EU完全離脱に向かう英国

2017年1月20日05時00分


 米欧を学ぶために明治政府が派遣した岩倉使節団は、1872年にロンドンに着いた。人びとが忙しそうに歩くことに驚いたようで、「足の裏が地面についていないような歩調である」との記録が『米欧回覧実記』にある(水澤周〈しゅう〉?現代語訳)▼彼らはこの国の発展の理由を貿易に見た。「英国は商業国である。国民の精神は一様に世界貿易に集中している」。船を五大洋に派遣し、世界各地から天然産物を買い、工業製品にして輸出していると記した。同じ島国ながら貿易で栄える国への羨望(せんぼう)がうかがえる▼世界市場とともに歩んできた英国の雲行きが、怪しくなってきた。欧州連合(EU)から完全に離脱し、域内の貿易に関税がかからない特権も捨てるとメイ首相が表明した▼離脱の基本方針は国民の投票で決まっていた。EUのくびきから離れ、昔のように世界で活躍できるという思いがあるのかもしれない。しかし積み上げてきた欧州との関係をご破算にして、うまくいくのだろうか▼カズオ?イシグロの小説『日の名残(なご)り』で、主人公の執事がグレートブリテンと名乗る英国の品格についてこう述べている。「自分の美しさと偉大さをよく知っていて、大声で叫ぶ必要を認めません」(土屋政雄訳)。いまはそんな余裕や落ち着きを失っているようにも見える▼ナショナリズムの高まりを感じる昨今である。国際協調よりも、自国の偉大さや純粋さを声高に訴える。そんなことが国際標準になりそうな、いやな雲行きである。




(天声人語)ソフト不正騒動のあとに

2017年1月19日05時00分

 刑事裁判で真実を知る者は神様のほかにいる。それは目の前の被告人である。元裁判官の原田国男さんが著書でそう述べている。東京高裁時代に20件以上もの逆転無罪の判決を言い渡した▼被告人が心を開いて大事な事実を語れるよう、雰囲気づくりに気を配った。無職の被告人に「職業は無職ですね」と決めつけず「今、仕事はどうなっている?」と問いかける。故郷の様子を聞くこともあったそうだ(『逆転無罪の事実認定』)。限られた証拠をもとに、ひとの一生を左右する判決を下すことの難しさを思う▼誤った判断が、将棋界を深く傷つけてしまった。対局中に将棋ソフトを使ったと疑われた三浦弘行九段が出場停止処分を受けた問題で、結局、不正の証拠はなかった。日本将棋連盟の谷川浩司(こうじ)会長はきのう、責任を取って辞任すると発表した▼会長は「辞任で誠意を示す」と語ったが、連盟として事の経緯をどのように反省しているのか、伝わってこなかった。ひとりの棋士人生を台無しにしかねなかったことを思うと、後味の悪さが拭えない▼プロ棋士との対局歴がある作家の山口瞳は、将棋連盟は「オバケ屋敷」だと述べたことがある。神童として騒がれた人たちばかりが角逐するすごい世界だという、褒め言葉だった。そんな彼らがいま、休むことなく成長するソフトという人工のオバケに翻弄(ほんろう)されている▼棋士同士は言うまでもなく、ファンからの信頼をどう取り戻していくか。人間だけが考え、できることである。




(天声人語)スマホの吸引力

2017年1月18日05時00分

 指弾とは誰かを非難することである。この人の場合は、指先を動かしてつくった短文が弾になって飛んでくるようだ。米大統領への就任式を控えるトランプ氏が、ツイッター攻撃を続けている▼選挙で対立候補を支えた人たちをこきおろし、メキシコに工場をつくる自動車会社を非難する。早朝の書き込みが多いと聞くと、寝ても覚めてもスマホから離れない姿を想像してしまう▼スマホは操作しなくても、そばにあるだけで注意が散漫になる。そんな実験結果を北海道大学の河原純一郎(かわはらじゅんいちろう)特任准教授らが発表した。大学生40人を2組に分けてパソコンで作業をさせた際、片方は電源を切ったスマホを目の前に置き、片方は代わりにメモ帳を置いた。スマホ組のほうが1?2倍、作業に時間がかかった▼「画面に触れなくても、視界に入るだけで意識がスマホに向かってしまうのでは」と河原氏は話す。たしかにポケットにあるだけで気になる存在である。人により影響の程度は違うだろうが、引き込む力は侮れない▼先頃亡くなった社会学者ジグムント?バウマン氏は、携帯電子機器を持つことで人は「孤独という機会」を捨てると書いた。孤独こそは、考えを整理したり煮詰めたり、反省したり想像したりするよすがなのだと訴えた(『リキッド?モダニティを読みとく』)▼スマホから何日も離れ思索する。筆者もそんな時間に憧れるが、結局小さな機器に頼る日々である。振り回されぬよう、上手な距離の取り方を思索してみたい。





(天声人語)阪神淡路大震災から22年

2017年1月17日05時00分

 水をかけてもかけても火が衰えない。後ろからも火の手が上がり、目の前にオレンジ色が広がる。火の粉がまるで雨のようだ。「ほんまに消えるんやろか……」。あまりにも無力に思えたと消防隊員が書いている▼22年前のきょう、震災に見舞われた神戸である。隊員たちの手記を集めた『阪神淡路大震災 消防隊員死闘の記』を開くと、一人ひとりの迷いや恐怖がある。消火栓が使えず、限られた水をどこに向ければいいか分からない。自分も死ぬかもしれないとの思いが頭をよぎる▼多くの被害を出した火災は当時、戦時の空襲によく例えられた。あちこちで黒煙が上がり炎の広がりが止められない。まちを焼き尽くす焼夷(しょうい)弾に重なったのだろう▼地震の後に救出された約3万5千人のうち、約2万7千人が近隣の住民らに助けられたという推計がある。地域の結びつき、助け合いがどれだけ大切か。隣人の顔が見えにくい都市部でこそ教訓としたい▼「突然、家中が踊り出したように見えた」。熊本地震で被災した人の言葉を思い出す。例えばあす、就寝中に家具や家電が襲いかかってきたらと想像してみる。家具などの置き方を見直す。非常時の持ち出し袋を準備する。すぐにできる小さな備えがある▼神戸市にはかつて戦災も震災も耐えた防火壁があり、「神戸の壁」と呼ばれた。移設された淡路島を訪れると、コンクリートのひび割れがしわを刻んでいるように見えた。「忘れてはいけない」。声にならぬ声を聞き取りたい。



(天声人語)雪に凍える列島

2017年1月16日05時00分

 昨年からの田中角栄ブームはいまだ続いているようで、書店には関連する本が並ぶ。豪胆であり、心に訴えかける姿に懐かしさを覚える人が多いのか。若き日の地元?新潟での演説では山脈を削って豪雪をなくすとまで語った▼新潟と群馬の境にある三国峠を切り崩してしまえば「季節風は太平洋側に抜けて、越後に雪は降らなくなる。みんなが大雪に苦しむことはなくなるのであります!」。荒唐無稽である。それでも雪に悩む人たちの気持ちをとらえたと、元秘書の早坂茂三の著書にある▼そんな雪国だけでなく、日本列島が広く第一級の寒波に見舞われた。広島ではきのう33年ぶりの降雪量を記録し、原爆ドーム周辺も雪景色となった▼全国女子駅伝のあった京都では、ときに選手が見えなくなるほどの降雪だった。体温を奪う敵をはねのけながら必死に駆ける姿に見入った方も多かったろう。強い冬型の気圧配置は、きょうも続く▼中原中也は「生ひ立ちの歌」で、幼年時の雪をこう描いた。〈私の上に降る雪は/真綿のやうでありました〉。それが17~19歳には霰(あられ)、23歳にはひどい吹雪と感じられた。〈いとしめやかになりました〉と、落ち着きを見たのが24歳である。時々の心のありようを詩人は雪に託した▼寒波のなか大学入試センター試験に挑んだ人たちの目に、雪はどう映っただろう。風雪の言葉のように雪はどこか逆境や試練を思い起こさせる。人生の関門をくぐりぬけるための強さが雪から与えられることを祈る。


(天声人語)青春を越えてゆけ

2017年1月15日05時00分

 福島の18歳、渡辺智広さんが一票への心情を詠む。〈選挙権初めて投票してみたがまだ、私には早かったみたい〉。早くなんてないから、次もその次もぜひ投票してください。昨年も地震や豪雨が各地を襲った。〈台風来て電車止まると期待した小さい自分に被害で気づく〉と詠んだのは長野の高1佐々木優果(ゆうか)さんだ▼東洋大学が募る「現代学生百人一首」が30回を迎え、作品は累計130万首を超えた。今回の入選作を一部紹介したい▼〈おもしろい友とのメールで「笑」の文字それ打つ自分笑っておらず〉高尾みずき。人付き合いで空気を読んで、もやもやするのは大人も変わらない。〈君からの通知がないか確かめる10分ごとに重なる指紋〉池内絵美香。スマホを手に、キュンとする▼夜明け前から頑張る。〈3時起き搾乳をしてしばれる手牛のぬくもり私のカイロ〉安藤朱生(しゅう)。何かと忙しいけれど、疲れをためすぎないで。〈目がうつろ磁石みたいに眠たくてSが机でNがおでこだ〉川波美咲▼相当すてきなおじいちゃんである。〈土曜授業いつも見に来るうちの祖父今じゃすっかりクラスの一員〉長嶋凜(りん)。親との距離が変わってゆく。〈両親と議論していて論破した次から誰を頼ればいいの〉赤羽(あかはね)佑太▼孤独になり、迷い惑う時間も若者を強くする。〈誰もいないある教室で独学の辛(つら)い気持ちを鉛筆は見てる〉劉せいとう(りゅうせいとう)。〈くるくるとコーヒーカップに回されて起点を探す高一の夏〉関結月(ゆづき)。回り転がり、道はやがて見えてくる。



(天声人語)徘徊の父を捜せば

2017年1月14日05時00分

 認知症が進み、ふいに家を出てさまよう高齢者――。住所や連絡先を言えない状態で遠方へ迷い出てしまう例があとを絶たない。家族は不安を抱え、片時も休まらない▼何か対策はないだろうか。埼玉県入間市は昨年、お年寄りの爪に貼る小さなQRコードを希望する家族に配り始めた。見かけた誰かが爪先に手持ちの携帯電話をかざせば、画面に「入間市」の文字と市役所の代表番号が現れる。電話を受けた市職員が家族につなぐ仕組みだ▼「小さいシールなので暮らしの邪魔にはなりにくい。名札と違って、住所や名前をさらすことにもなりません」と担当職員の岩田孝弘さん。人口15万の街に重い認知症を患う3千人が暮らす。シールは無料で、現在11人が使用する▼シールを貼られて生活することに居心地の悪さを感じる向きもあるかもしれないが、もちろん家族の申請が前提である。爪が伸びたら貼り替える▼思い出すのは、愛知県で10年前に起きた事故だ。91歳の認知症男性が列車にはねられて亡くなり、JR東海が振り替え輸送費などを支払うよう遺族を訴えた。驚いたことに、一、二審は遺族に賠償を命じてしまう。最高裁は「賠償責任はない」と覆したものの、衝撃を受けた家庭は数知れないだろう▼〈徘徊(はいかい)の父を探せばこの町が夜ふけて見しらぬ町となりゆく〉長坂八代江。迷い歩く当人も大変なら、探して回る人々も必死である。お年寄りの尊厳を傷つけない「命のお守り」はないものかと各地で試行錯誤が続く。





(天声人語)共通1次、涙の記憶


2017年1月13日05時00分 遠藤周作さんが、自分の小説を使った某大学の入試問題を解いてみた。「主人公の心理を選べ」。四つの選択肢から一つを選ぶのだが、遠藤さんには四つとも正解に思えた。人間心理はそれほど単純なものではないはずだ、とかつて月刊誌で嘆いた▼当欄を含む小紙の記事や論評は毎年のように入試に出題される。光栄ではあるけれど、一抹の戸惑いも否定しがたい。自分たちの記事が試験会場の受験生を悩ませる様子を思い浮かべると、心苦しくもある▼わが身をふりかえれば、三十数年前、入試の国語に苦しんだ。「筆者の意見はどれか」式の設問で深読みの迷路にはまりこんだ。センター試験の前身である共通1次試験の時代だ▼先日、図書館でその年の問題を見つけた。怖いもの見たさで挑んでみる。有島武郎(たけお)の小説、高見順の随筆、古文に漢文――。既視感を覚えながらも設問の森に迷い込む。量の多さにも驚く。採点すると、高校時代と重なる間違いを繰り返していた▼共通1次を衣替えしたセンター試験はいま、まさに見直しのさなかにある。新たに記述式を採り入れるという。機械的なマークシートだけよりは望ましいと思うものの、公平な採点をだれがどう担うのか課題はなお尽きない▼〈冬空の青の薄さは頼りないわたしの気持ちセンター試験〉荒木陽一郎。冬将軍のいすわるなか、あすセンター試験が始まる。良問、難問、奇問のハードルに不安を覚える瞬間がきっとあるだろう。自分を信じて走りきってほしい。


(天声人語)去りゆくオバマ氏

2017年1月12日05時00分

「皆さんに信じてほしい。変革をもたらすのは私ではなく、あなた方の力であることを」。20日に退任するオバマ米大統領が地元のシカゴでお別れ演説に臨んだ▼まだ55歳である。髪には白いものが目立つが、弁舌のさえは相変わらずだった。次女の高校卒業を待つため今後2年間はワシントンにとどまるという。大役を降りた後、何をして暮らすのだろう▼「年中ゴルフをやるわけにもいかないだろ。引退後どうしたらいいと思う?」。真剣なまなざしで周囲に相談するオバマ氏の映像が昨春、ホワイトハウス記者会で披露された。よく練られたコメディーだった▼バイデン副大統領が助言する。「まずは運転免許でも取ったら」。オバマ氏は窓口へ出向き、延々待たされる。ボランティアの口はないかと尋ねて、すげなく断られる。ミシェル夫人のスマホをいじって自撮りした変な動画を誤って投稿し、あきれられる。自らを笑いの材料にできる懐の深さが見ていてすがすがしかった▼最後の演説には力がこもっていた。「移民の子どもたちを大事にしなければ、私たちの子どもたちの繁栄を損なう」「気候変動の問題を否定し去るのは次世代に対する裏切りである」。変わらぬ理念や理想を説く声がかえって新鮮に響いた▼医療保険制度改革(オバマケア)、通商協定TPP。2期8年をかけた目玉政策は、後任の大統領によっていまにも葬り去られようとしている。演壇で見せた涙には、きっと悔しさと寂しさもあったのだろう。




(天声人語)怪童を育てる

2017年1月11日05時00分

 公開中の映画「聖(さとし)の青春」の主人公は1998年に29歳で亡くなった将棋棋士村山聖さん。演じる松山ケンイチさんは役作りのため体重を20キロも増やして臨んだ。対局場面の鬼気迫る表情に見入った▼聖さんは重い腎臓病を抱えながら「怪童」と恐れられた。いったいどんな棋士だったのか。師匠である森信雄七段(64)を兵庫県宝塚市に訪ねた。「独特のオーラがありました。病院暮らしが長い分、とにかく純粋で強情な子でした」▼出会ったとき師匠は30歳、弟子13歳。通学のため近所の公園で自転車の乗り方を教えた。髪をひきずって散髪に連れて行った。入院すれば病院の洗濯室で下着を洗った▼師匠とはいえ、森さんは対局で一度も聖さんに勝ったことがない。「詰将棋」や「次の一手」を森さんが作問すると、聖さんが穴を見つける。「先生、これは使えません」。自信作10問のうち9問にダメ出しをされたこともある。それでも聖さんと盤をはさんで対話するのは至福の時だったという▼昨年来、将棋界はスマホを使った不正疑惑に揺れた。聖さんは生前「コンピューターがプロ棋士を打ち負かす日は来ない」と予測した。読みの深さと鋭さで知られた聖さんが生きていたら今年で48歳。人工知能とどう対峙(たいじ)しただろうか▼「彼には独特の野性味があった。とにかく個性丸出しで自分の将棋を指したがった」と森さんは懐かしそうに語る。「誰でも棋風は年とともに変わる。40代や50代、60代の村山君と対局したかったなあ」


(天声人語)同時通訳という営み

2017年1月10日05時00分

 「71年前、明るく雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降りて」。広島でオバマ米大統領が演説を始めた時、東京都内にある英BBCの一室で通訳袖川裕美(そでかわひろみ)さん(59)は不安に包まれた。この文の主語は何か。格調をどう伝えるか。17分間、夢中で日本語に訳した▼政府間の租税交渉、企業提携、来日芸術家の随行など通訳として20年あまり。著書『同時通訳はやめられない』で数々の修羅場を紹介した▼「下調べをして臨みますが、話すこと聞くことは本能的で瞬発的な営み」。例えるならスケートに近いという。3回転半ジャンプが決まる日もあれば、いきなり尻もちの日もある▼訳の巧拙はときに外交をも混乱させる。古くは佐藤栄作首相の「善処します」。これを米政府が確約と受け止め、繊維摩擦がこじれた。日中間では田中角栄首相の「迷惑」が有名だ。中国語で「麻煩(マーファン)」と訳され、「戦争の謝罪になっていない」と中国側を怒らせた。軽すぎる言葉だと受けとられた▼ベテランでも冷や汗はかく。袖川さんが英訳に詰まったのは「蚊取り線香」。とっさに「蚊対策のための円」と説明し、指で渦をグルグルと描いた。モスキート?コイルという語を思い出したのは会談の後だった▼人工知能が様々な領域を脅かしつつあるが、「人類滅亡の日まで通訳の職は消えません」と袖川さん。なるほど価値観と世界観のぶつかり合いを機械が語感もふまえて適訳できる日は先の先だろう。通訳という営みの人間くささに少し安堵(あんど)した。



(天声人語)命を受け継ぐ襲名

2017年1月9日05時00分


 晴れ着姿の観客ではなやぐ新春の東京?歌舞伎座で、松本幸四郎さん(74)の「井伊大老」を見た。桜田門外の変の前夜、暗殺される運命を予感する大老が最愛のお静の方と昔をなつかしむ。歴史上の大人物に血を通わせた重厚な演技にひたった▼長年親しまれた「幸四郎」の名で舞台に立つのもあと1年。来年の正月には「親子孫3代襲名」がある。自らが二代目松本白鸚(はくおう)、市川染五郎さん(44)が十代目幸四郎、松本金太郎さん(11)が八代目染五郎を名乗る。300年続く由緒ある名を継いだ1981年も同じ3代襲名だった▼「襲名とは単に名を継ぐことではない。名とは命(めい)、命(いのち)のことだ」。亡父の言葉を胸に刻み、先人の芸と精神を追った。7年前に自身と父、祖父の当たり役「勧進帳」の弁慶を全47都道府県で演じ切り、「やり残したことはない」と思えた▼70年には日本人で初めて米国ブロードウェーでミュージカル「ラ?マンチャの男」に主演した。せりふは英語、共演者も外国人の他流試合。体調を崩した時には、「お前を信じている」と大きく一言だけ書かれた父の手紙が支えになった▼歌舞伎は代々襲名によって歴史をつないできた。看板役者の世代交代は常のこと。だが幸四郎さんの話を聞き、背負ってきたものの重さと変わりゆく時代への感慨をかみしめる▼同じ歌舞伎座の「将軍江戸を去る」では染五郎さんが徳川慶喜を演じていた。来年からは新しい幸四郎だ。先人に続く険しい道に、どんな足跡を残すだろう。



(天声人語)双葉ダルマに寄せる願い

2017年1月8日05時00分

 縁起物のだるまは赤い法衣に白い顔、黒い眉やひげというのが多いが、福島県双葉町の双葉ダルマは顔が青く縁取られている。東に広がる太平洋の色だ。元日には大勢が海岸で初日の出と黄金色に輝く海原を眺め、新年を祝ったものだった▼東日本大震災と原発事故で一変した。全住民が避難を強いられ、約6千人が今も38都道府県にわかれて暮らす。人々に思い出を尋ね、返ってきた答えは、農作業後に地域で楽しむお茶、盆踊り、神楽。丹精込めた田畑、カエルの声、飛ぶ蛍、もぎたての甘いトマト……。失われたのはお金では償えぬ豊かさだった▼新成人の荒木香さんは潮の香りを挙げた。「でも一番は人間関係」という。東京、福井、埼玉、神奈川と移り住み、福島県いわき市でようやく落ち着いた。避難所を除いても7軒目だ。中2のあの日、津波から一緒に逃げた友人も遠くに避難し、3日の成人式で約6年ぶりに会えた▼政府は5年後をめどに町の一部で人が住めるようにする方針だ。町は約10年後の町内人口を2、3千人と計画する。一方で昨秋の世帯主調査で「戻りたい」との答えは13%だった▼双葉ダルマを売るだるま市がきのう、いわき市内の仮設住宅前で始まった。新春行事を絶やすまいと有志が震災翌年から続ける。県内外から臨時バスが出るきょうは再会の笑顔も増えそうだ▼春で休校になる双葉高校の校章にちなみ、緑色のだるまも登場した。買い求められた先々で、それぞれの願いがかないますように。



(天声人語)波平さんの若さに驚く

2017年1月7日05時00分

 フライドチキンを世に知らしめたカーネル?サンダースは、65歳のころ一文無しだった。車掌、機関士、保険セールスなどどれも長続きせず、給油所は倒産、カフェは焼失した。65歳を過ぎて自慢のチキン調理法を教える商売を始め、大当たりした▼「65歳までに手に入れたことを結集すれば新しいスタートが切れる」。90歳で亡くなるまで働き続けた彼の言葉だ。「さび付くよりすり切れる方がましだよ。じっとしていてさび付くより身を粉にしている方が好きなんだ」▼65歳から74歳を「高齢者」から切り離して「准高齢者」と呼んではどうか――。医師や研究者らでつくる学会が提言した。いわく脳の働きや歩く速度、要介護の認定率などからみて、以前より健康な人が増えた。ゆえに「高齢者」の定義を見直すべきだという▼学会の発表資料に登場したのが『サザエさん』の父波平さん。いまの感覚では70歳ほどに見えるが、実は54歳という設定だった。漫画の連載が始まった昭和20年代の54歳はあんな雰囲気だったか。一昔前まで55歳が退職定年だったことを思い出す▼心身の衰えるスピードは人により大きく異なる。誰もがカーネルおじさんのように最晩年まで働きたいわけではない。それでも60代半ばからの黄金の10年を「現役世代の続き」と位置づける発想にはうなずく人も多いだろう▼提言では65歳から上が准高齢者、75歳以上が高齢者、さらに90歳以上は超高齢者とされた。敬老の日も3通り必要になるのだろうか。



(天声人語)10代に響く言葉たち

2017年1月6日05時00分

#1:

当欄からみると「折々のことば」は軒を接する隣家のよう。言葉の泉の豊かさに感心する毎日だが、さっそうと横書きで欧文を紹介されると嫉妬が頭をもたげる。「いつか紙面で」と書きとめた詩歌が先に使われると心はやはり湿る 

#2:

まぶしくも気になる「折々のことば」を中高生が自作するコンテストに今年は2万7千人余が挑んだ。詳しくは本日の紙面に譲るが、当欄でも胸に響いた作品を紹介したい 

#3:

まずは受験生に捧げる名言から。「Dは『だめ』のDじゃなくて、『大丈夫』のDとよ」。福岡県の中3生が中学受験前、年長のいとこに言われた。志望校の合格判定はD、D、D。いとこの言葉で「まだ間に合う」と思い直し、みごと受かった 

#4:

沖縄県の中2生が挙げたのは認知症の進む祖母の言葉だ。「脳では忘れるかもしれない。でも、心では絶対に忘れないよ」。孫の名も家への道も忘れる姿に「どうせ、私と過ごしたことも全部忘れるんでしょ」と言ってしまった時の返事という 

#5:

「男は女を裏切るし、女は男を裏切るけれど、科学は私を裏切らない」。ドキッとするひと言を選んだのは横浜市の中1生。科学の先生のそのまた先生の言葉である。男女の裏切りなど人生経験の少ない自分にはわからないが、この言葉は心に直球で届いたと説明する 

#6:

当方も日頃せっせと名文句を手帳に集めているものの、中高年好みの歴史や政治の領域にかたよりがち。10代の感性がすくい上げた言葉の宝石に接する幸せをかみしめる。 


(天声人語)真剣勝負あさぼらけ

2017年1月5日05時00分

 この7日、琵琶湖畔にある近江神宮に百人一首を読む声が響き渡る。競技かるた界の最高峰である名人位とクイーン位を決める恒例のタイトル戦が開かれる▼昨年暮れ、京都嵐山で女流選手権大会を取材し、独特の緊迫感を味わった。読み手が声を発する直前、畳の上で選手数十人が一斉に呼吸を止める。次の瞬間、手が短刀のように宙を切る。突き指や切り傷は茶飯事。脱臼や骨折もある。これほどの格闘技とは知らなかった▼勝負を分けるのは決まり字だ。最初の数文字で取り札が即座に絞られる。たとえば「む」「ほ」「せ」は1字勝負。「つ」「ゆ」なら2字目で決まる。落とし穴もある。同じ「あさぼらけ」でも続く言葉は「有明の月」と「宇治の川霧」がある▼椿威(つばきたけし)?全日本かるた協会専務理事(74)によると、ファンのすそ野は近年格段に広がった。「小学校教科書に載ったおかげもありますが、やはり漫画『ちはやふる』のヒットが大きい」。連載開始は2007年、幼なじみの男女3人がかるたに青春をかける。翻訳されて海外でも人気を呼ぶ▼さかのぼると、競技が広まったのは明治以降という。尾崎紅葉は小説『金色夜叉』で、若い男女の交流の場として歌留多遊びを紹介した▼「記憶力、瞬発力、持久力の闘い。和歌とスポーツの両面が楽しめます」と椿さん。真剣勝負を間近で見て、冬休みに怠けた百人一首の宿題を思い出した。棒暗記に飽きて、身が入らない。魅力を知らぬまま年を重ねたことを少し悔いた。




(天声人語)置かれた場所で咲いた花

2017年1月4日05時00分

 雪の朝、愛する父親が自分の目の前で凶弾に倒れる――。壮絶な体験は9歳の少女の胸にかくも深い傷を与えるものか。昨年暮れに89歳で亡くなったノートルダム清心学園理事長、渡辺和子さんの生涯を著書や記事でたどってしばし考え込んだ▼陸軍教育総監だった父渡辺錠太郎氏は昭和11(1936)年2月26日、自宅で青年将校らの銃弾を浴びた。和子さんは座卓のかげで難を逃れた。怒声、銃声、血の跡が恨みとともに胸の底に刻まれた。長じてカトリックの道に進むが、いくら修養を積んでも恨みは消えない▼意を決して、父をあやめた将校らの法要に参列したのは2?26事件の50年後。「私たちが先にお父上の墓参をすべきでした。あなたが先に参って下さるとは」。将校の弟が涙を流した。彼らも厳しい半世紀を送ったことを初めて知り、心の中で何かが溶けたという▼晩年まで過ごしたのは、岡山市にある学内の修道院。静穏な日々ばかりではなかった。30代で学長という大役を任され、管理職のストレスに悩んだ。50代で過労からうつ症状に陥り、60代では膠原病(こうげんびょう)に苦しんだ▼80代で刊行した随筆『置かれた場所で咲きなさい』が共感を得たのは、父の悲劇を含め自らのたどった暗い谷を率直につづったからだろう▼「つらかったことを肥やしにして花を咲かせます」「でも咲けない日はあります。そんな日は静かに根を下へ下へおろします」。いくつもの輝く言葉を残し、80年前の雪の朝に別れた父のもとへ旅立った。




(天声人語)大火の街を歩く

2017年1月3日05時00分


「がんばろう糸魚川」「負けるな糸魚川」。商店街に激励の幕がはためく。焼け落ちた家では被災者がスコップを手に思い出の品を捜す。歳末の大火に見舞われた新潟県糸魚川市を歩いた▼街の歴史は火災の歴史でもある。700棟や500棟が灰燼(かいじん)に帰す被害が江戸の昔から続く。「ふんどし町」と呼ばれる細長い市街に家々が密集。乾いた風が吹きこめば、火の手はたちまち広がる▼今回の火災でも144棟が焼けた。筆者のめざした歌人相馬御風(そうまぎょふう)(1950年没)の生家は、延焼区域のすぐ外にあった。風向き次第ではあわやという近さだった▼「都の西北」で始まる早稲田大校歌や童謡「春よ来い」の詞で知られる。中央文壇で名をなすが、32歳で糸魚川に戻る。1928(昭和3)年の大火では自宅と原稿、蔵書を一度に失った。〈何が何やらわからぬうちにわが住居焼けてあとなくなりにけるかも〉▼妻子も無事だったがトイレには窮した。〈焼(やけ)トタン拾ひあつめてつくりたるこれの厠(かわや)の屋根は青空〉。御風伝を著した金子善八郎(ぜんぱちろう)さん(81)によると、東京の知人から上京避難を勧められたが、地元にとどまる。敷地の一角を10家族の仮住まいに供し、酒食もふるまったそうだ▼今回の火災でも住民らの助け合いは特筆に値しよう。連日がれきの山と格闘し、再開した商店で励ましの買い物をする。〈人の世のなさけはうれしありがたし命いつくしみ生きてし行(い)かな〉。何世紀も大火に泣かされた街に息づく善意の輪が見えた。



2017年1月2日无


(天声人語)10年先への歌

2017年1月1日05時00分

 米国の大学で、新学期になると学生にこんな問いかけをする経済学の教授がいた。「10年前には存在しなかったが、いまは身の回りにあるモノを思いつく限り言ってみて」。技術の進歩がいかに人間の暮らしを変えるのか、実感させるためだ▼10年前なら夢物語としか思えなかったものが、どんどん実用化しつつある昨今である。自動運転の乗用車の開発が進み、無人機ドローンによる宅配が検討される。会社の経営判断に人工知能が関わる日も近いかもしれない。ただ心配もある▼「十年後存在しないかもしれない本と言葉と職種と我と」。書店に勤める若き歌人、佐佐木定綱(さだつな)氏の作である。紙の本という存在、書店員という仕事はこの先どうなっていくのか。似たような不安は程度の差はあれ多くの仕事に当てはまるのではないか▼人工知能は職を奪うだけでなく、いずれ人間を支配すると恐れる学者がいる。遺伝子操作で親の望む赤ちゃんをつくるのは是か非かの議論も起きている。今年、来年、あるいは10年先、科学技術は人間をどこに連れていくのだろう▼「一本のナイフはパンを切るためにも喉(のど)を切るためにも使用できる」と、社会学者ジグムント?バウマン氏が対談書で述べている。社会を便利にしたIT革命が、誰かから監視される仕組みを生むかもしれないという指摘である。あらゆる技術に通じる例えだろう▼技術に振り回されるのではなく使いこなすにはどうすればいいか。考え続けなければいけない問いである。