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天声人语(2016年1月份)
作者:天声人語 发表时间:2016-02-07 浏览:3611

天声人語

(天声人語)節目の時代の新春に

2016110500

 特別なことは何もせずに新年を迎えるようになって久しい。ただのものぐさである。〈松立てずしめかざりせず餅つかずかかる家にも春は来にけり〉元政(げんせい)法師。日ごろと変化のない正月もそれなりに味がある▼目を外に転じれば、世界も日本も引き続き大小様々な変化にもまれるのだろう。人は短期的な変化に過剰反応しがちな一方、中長期的な変化の意味を過小評価しがちだという説がある。曇りないレンズで時代を見ることは難しい▼「この時代、おかしくないか」。科学技術社会論が専門の神里達博(かみさとたつひろ)さんがそう感じたのは、冷戦終結後という。今が時代の節目だとの思いは、9?11や3?11を経て強まった。その直観を確かめるべく書いた『文明探偵の冒険』は刺激に富む▼神里さんのいう節目の時代は長く続く。エネルギー資源の限界を克服できなければ、「近代」は終わる。次の時代の方向性が見えてくるのは20年以上先かも知れない。混乱を覚悟しながら、のんびり行くしかない、と。共感しつつ、足元のおぼつかなさに不安にもなる▼〈生酔(なまよい)の礼者(れいしゃ)を見れば大道を横すぢかひに春は来にけり〉大田南畝(なんぽ)。礼者とは年始回りの人。酔いが過ぎ、あっちへふらふら、こっちへふらふらの図だ。酔漢のみならず、世の中もまた真っすぐとは進むまい。そんな感慨を見て取るのは現代人の深読みか▼千鳥足になるわけにはいかない。しかし、迷い、ためらいながらの多難な道行きになることは、今年もまた覚悟しておくことにする。

 

 

(天声人語)駅伝に熱くなる

2016130500

 長短問わず自分で走るのは苦手なくせに、この季節、ひたむきに走る人々を見ると胸が熱くなる。元日の上州路でも昨日の箱根路でも、重圧に耐え、歯をきしらせてタスキを運ぶ姿にくぎ付けになった▼駅伝は日本で生まれ日本で育った。「なぜ日本は長距離走に強いのか」という関心から英紙ガーディアンの記者アダーナン?フィンさん(41)は京都に住んで取材半年、カギは駅伝にあると知った▼大学や実業団の陸上部を訪ね、琵琶湖畔を実走した。比叡山の大阿闍梨(だいあじゃり)には、千日回峰行の速歩ぶりを尋ねた。「マラソンやクロスカントリーを千日続ける荒行」と英国で誰かに教わったからだ。昨秋「駅伝マン 日本を走ったイギリス人」として刊行した▼「アフリカ勢に比べると僕らは背が低くて足も短い」。日本人選手が異口同音に嘆いた。だが小柄で細身の体形は有利なはず。ケニアにも半年住んだが、問題はむしろ練習の仕方だと話す。「あちらでは硬い路面での練習を抑え、故障が少ない。日本では10代から舗装道路で長距離を走り込みすぎる」▼それでも日本の長距離界は断然恵まれている。「選手の人気は俳優なみ。駅伝で活躍した学生が大手企業に就職できる。長距離ランナーには天国です」▼天国かどうかはともかく、市民レースがかくも盛んな国は珍しい。わが周囲でも「走る喜びに目覚めた」と語る中高年の多いこと。もしスポーツ版の世界遺産があれば日本からは駅伝が選ばれるに違いない。相撲の次あたりに。

 

 

(天声人語)余得なしのカレンダー

2016140500

 雨にもいろいろあるが、「遣(や)らずの雨」を辞書で引く。帰ろうとする人をまるで引き留めるかのように降ってくる雨、とある。帰省のお孫さんとの別れを惜しみ、雨でもヤリでも降ってくれと思った方もおられたか。きのうのニュース番組は夜までUターンラッシュの混雑を流していた▼まっさらな雪のように明けた新年も、三が日を過ぎると少しくすんだ心地になる。といっても松の内という区切りもあるから、正月気分はまだ残る。土地にもよるが7日頃に松飾りを外す。そのあたりまで飛び石で休みが続く年もある▼その点、今年の暦は余得もなく、きょう4日からきっぱり世間が動く。年の瀬のざわめきも、初春の華やぎも、親族再会も、たちまち思い出となって流れ去る。去年と今年の入れ替わりは実に素早い▼国会も召集される。安保関連法、TPP、1億総活躍社会、普天間移設、あれやこれや、山と積まれた問題を前に、政府?与党は野党が求めた臨時国会の召集に応じないまま年を越した▼きょうからは通常国会を前倒しして開く。質(ただ)す、答える。誠も実もある切り結びを望みたい。「丁寧に説明する」と言った首相は、その実行を肝に銘じるべきである▼〈めでたさの続きに居(お)りて四日かな〉大橋麻沙子。仕事始めの職場では、得意先へ年始回りに出る人もおいでか。冒頭の話に戻るなら、「めでたさの続きに居り」は賑(にぎ)やかな客が去ったあとの寂しさの感覚でもあろう。それぞれの日常が、列島の各地で立ち返る。

 

 

(天声人語)「申」という字の来歴

2016150500

 猿芝居、猿知恵、猿まね。どうも猿はかんばしくない言い回しに登場することが多い。猿の尻笑いは、自分の欠点に気づかずに他人の欠点をあざ笑うことをいう。類縁関係の故なのか、扱い方が冷淡すぎないかと思ってしまう▼もっとも、災いが去る、病が去るというように、同じ音の言葉をかけて縁起のいい文脈で使われもする。赤い下着の売れ行きがいいという話が、この年末年始の紙面にあった。申(さる)年に身につけると健康で過ごせる、といった言い伝えが各地にあるという▼猿を神様の使いとして、古来大切にしてきた神社もある。東京?赤坂の日枝(ひえ)神社はその一つだ。境内に神猿(しんえん)の像がある。「まさる」と呼ばれる。魔が去る、何事にも勝る、となって信心を集める。猿(えん)は縁に通じ、縁結びの御利益もあるといわれる▼むろん、申という字に猿の意味はない。漢和辞典編集者の円満字(えんまんじ)二郎さんによれば、もともとは鋭く光る稲妻を描いた甲骨文字だったという。ピカッと光り、地上に向かって伸びることから、相手に何かを伝える意味で使われるようになった。申すであり、申請、申告、内申書である▼漢字研究の故白川静(しずか)さんによれば、申は当初、神そのものを意味した。稲妻が屈折しながら天空を走るのを、太古の人々は神のあらわれる姿と考えたらしい。日ごろ何も考えずに書いている字が、にわかに神々しく見えてくる▼申の字の来歴と、猿を神様の使いと見ることとは関係がない。しかし、これもご縁と思いたくなる。

 

 

(天声人語)新年、それぞれの始動

2016160500

 新年の始動ぶりは対照的だった。かたや、安倍首相は4日の年頭記者会見で「挑戦」を連呼した。「本年は挑戦、挑戦、そして挑戦あるのみ」「新しい国づくりへの新しい挑戦を始める年にしたい」▼開幕した通常国会を「未来へ挑戦する国会」と命名し、参院選後の改憲もうかがう。思えば去年も、首相は「戦後以来の大改革の断行国会」と位置づけ、立憲主義を壊すとの多くの批判にも耳を貸さず、安保関連法を成立させた。「変える」ことへの前のめりな姿勢は引き続き健在のようだ▼こなた、主催者発表で5千人が昨日の東京?新宿駅西口を埋めた。安保法廃止と立憲主義の回復を求める「市民連合」が催した「新春大街宣」である。老若男女、多様な参加者らが上げた声の基調は、変えることを「止める」だった▼思想家の内田樹(たつる)さんが語った。政権は国のかたちの大転換を急ぎ、暴走している。人々はあまりに速い変化に不安や危機感を抱いている。いま一番大事なのは「止めること、我々自身も立ち止まることだ」と▼映画作家の想田和弘さんも訴えた。仮に日本でテロが起きた時、「やられたらやり返せ」の声が社会を席巻するかも知れない。「その流れにストップがかけられるか」。これも重い問いだ▼止めるか、変えるか。二つの始動の風景が改めて教えるのは、立憲か、非立憲かという対抗軸である。首相の立憲主義観はいかなるものか。野党は国会論戦を通じて体系的に引き出し、国民に端的に示す責任がある。

 

 

(天声人語)北朝鮮が「水爆実験」

2016170500

 異界に迷い込んだような気分になった。25年前、北朝鮮の平壌に行った。当時の有力政治家の訪朝を取材するためだ。独裁権力下の人工的な政治都市は、すべてが大ぶりで威圧的にできていた▼国家理念を象徴するという主体(チュチェ)思想塔や、建設中だった105階建ての柳京(リュギョン)ホテルが天を突く。割り当てられたホテルの部屋からは高層アパートらしい建物群が間近に見える。夜になっても灯はどの窓にもともらず、人の気配がなかった▼当時の金日成(キムイルソン)主席と、同行記者も握手をする機会があった。温かく柔らかい手だった。頼んでもいないのにマスゲームを見せられ、市民とのフォークダンスにも参加させられた。鮮やかな民族衣装の若い女性とペアを組まされた。冷たく荒れた手のひらが、主席と対照的だった▼「売り家と唐様(からよう)で書く三代目」という川柳がある。家を手放す時も流行の書体を使う。遊芸にふけり、初代の築いた身上を潰す愚者への皮肉だ。主席の孫である正恩(ジョンウン)第1書記も、この調子では身を滅ぼすことにならないか▼「水爆実験」に成功したという。「特別重大報道」という発表の仕方が、独裁国家らしい仰々しさだ。北朝鮮の核実験は4度目。本当に水爆を開発したのかどうか。世界を驚かす愚挙には違いない▼国際社会での孤立を深めるだけなのに、なぜ暴走するのか。国内向けに自身の威信と求心力を高めることが狙いか。この国の独裁者が狼藉(ろうぜき)を働く度に、四半世紀前の女性の荒れた手が思い出されて悲しくなる。

 

 

(天声人語)原子番号113の快挙

2016180500

 物理学者の寺田寅彦に「化物(ばけもの)の進化」という文章があって、「この頃(ごろ)は化物どもがあまりに居なくなり過ぎた」と嘆いている。鬼でも妖怪でも、不可思議な存在への憧憬(しょうけい)や戦慄(せんりつ)こそが、少年の科学に対する興味を鼓舞したものなのに、と▼科学の力で自然界の謎を解き明かし、この世から天狗(てんぐ)や河童(かっぱ)を追放したつもりになっても、「宇宙は永久に怪異に充(み)ちている」。科学の目的とはむしろ「化物を捜し出す事」なのだ――。逆説的だが、なるほどと思わされる議論である▼九州大教授の森田浩介さんも、自然の驚異に魅せられた少年だったらしい。10歳の頃、月の満ち欠けを観察し、写真と見まがうほど細かくスケッチしたエピソードを、理化学研究所のサイトで知った。後に発揮する粘り強さは生来の美質だったのだろう▼森田さん率いる理研のチームが原子番号113の新元素を合成し、これに命名する権利をアジアで初めて得た。誰もが教科書で見た覚えのあろう元素の周期表に、日本発の名前が加わる快挙だ▼原子番号30の亜鉛の原子核を、同じく83のビスマスの原子核にぶつけて、くっつける。しかし、この核融合はめったに起きない。9年間続け、新元素が合成できたのはたった3回だという。気が遠くなる▼しかも、この新元素は合成されても0?002秒で崩壊し、別の元素に変身する。それを捉えるのだからすごい技術である。森田さんらはさらに未知の領域に挑むという。なるほど、この世に「化物」は尽きない。

 

 

(天声人語)歴史観、憲法観の深い溝

2016190500

 中継を視聴していて驚いた方もおられただろう。昨日の衆院予算委員会のトップバッター、自民党の新藤義孝氏が切り出した。「平成28年が明けました。伝統的な数え方でいえば皇紀(こうき)2676年」。若い世代は何のことかと思ったかも知れない▼皇紀とは、神武天皇の即位の年とされる西暦紀元前660年を元年とする紀年法だ。明治初期の1872年に定められた。戦前の1940年は皇紀2600年であり、盛大に祝われた。しばしば国民精神総動員と結びつけて語られる▼今、そうした言葉を使う意図は何か。昨年も国会で戦時スローガンの「八紘一宇(はっこういちう)」を取り上げ、「日本が建国以来、大切にしてきた価値観」と述べて物議を醸した自民党議員がいた。復古志向は元々この党の一面だが、かつてここまで無遠慮だっただろうか▼政界には歴史観の深い溝があり、憲法観の深い溝がある。そのことをやっと始まった国会論戦があらわにしている。野党は安保法制の憲法違反をまず問うが、首相は取り合おうとしない▼溝が深い分、言葉がささくれ立つ。首相は臨時国会も開かず、「逃げて、逃げて、逃げ回ってきた」と非難する野党。野党は対案すら示さず、「逃げて、逃げて、逃げ回っている」とやり返す首相▼互いの歴史観、憲法観を確認しあうことから始めてはどうか。代表質問で「立憲主義とは何か」と問われた首相は直接答えず、「立憲主義にのっとって政治を行うことは当然」とだけ述べた。これでは議論は進まない。

 

 

(天声人語)ウルトラマン50年

20161100500

 どちらが正義で、どちらが悪か分からなくなる。テレビのウルトラマンシリーズには、そんな話が少なからずある。人間が海底人と対立する物語は、その典型だろう。実は海底人の方がもともとの地球人かもしれない、というのだから▼大昔に人間によって海に追いやられ、今は海洋開発の脅威にさらされる。盗んだ潜水艦で必死の反撃を試みるが、全滅させられる。勝った人間の側が「我々の勝利だ。海底も我々人間のものだ」と叫ぶ声は、狂気すらはらむ。悩みながらも人間の側に立つウルトラセブンに、ヒーローの面影はない▼先駆けとなったウルトラQから数えて、今月で誕生50年になった。正義とはそれほど確かなものではない、という戒めは現実の世界で重要さを失っていない▼聖戦の名のもとでテロという蛮行が続く。しかし対抗のための空爆も、巻き添えになる民間人からすれば蛮行ではないのか。歴史をひもとくと、正義の独占はしばしば惨劇をもたらしてきた▼人間の尊厳を求め、自由や平等の価値を打ち立てたフランス革命は、同時に恐怖政治も生んだ。「人民の敵」だとレッテルを貼られた多くの人が、断頭台に送られた▼正義を相対化するための一歩は、自分はどこまで正しいのだろうかと、相手と向き合うことだ。少し弱気に。シリーズの初期に脚本を手がけた故?金城哲夫氏の言葉を、同僚だった上原正三氏が著書に記している。「よーく見てご覧なさい。ウルトラマンの顔。怪獣に話しかけていますよ」

 

(天声人語)ほめ言葉という薪を焚く

20161110500

 イタリアものの珠玉のエッセーで知られる故?須賀敦子さんが、最初に留学した先はフランスだった。だが言葉はいっこう上達しなかったそうだ。ものを言うのがこわくて、寮の電話が鳴ると誰か出てくれないかとあたりを見回した▼それがイタリアへ行くと、2カ月で日常に不便のない程度に操れるようになった。理由の一端を、仏では言葉をけなされ、伊ではほめられたからではないか、と回想している▼まず下宿先の家族が、須賀さんが口にする一語一語に驚き喜んでくれた。食事のとき、ひとつ新しい表現をおぼえるたびに、ブラーヴァ(うまい)と歓声があがった。「私はほんとうに自分がブラーヴァなのだろうと信じこんでしまい、イタリア語がすきになり上達が早かった」▼そんな話を、元日の紙面で読んだ「ほめる達人」の記事に思い出した。目の前の小さな価値を見つけることを大切にし、短所も前向きにとらえる。おべんちゃらとも、おだてあげとも違う、ほめ上手の達人検定が、じわりと人気なのだという▼叱って導くのも大切だろう。だが叱られてばかりだと自己肯定感は低くなりがちだ。それでなくても、なじる、けなすといったネガティブな言葉が飛び交うとげとげしい時代である▼きょうは成人の日。若い世代が「どうせ駄目」「どうせ無理」と自分を縛ってしまうようでは悲しい。須賀さんの心に明かりをともしたような、ほめ言葉という薪(まき)を惜しまず焚(た)きたいものだ。この温かさに元手はかからない。

 

(天声人語)歴史は2度繰り返す?

20161120500

 ヘーゲルの『歴史哲学講義』によれば、国家の大変革というものは、それが2度繰り返される時、「確かな現実」になる。最初は単なる偶然かと思えていたことが、繰り返されて定着する。ナポレオンの2度の敗北、ブルボン家の2度の追放がその例だ、と▼先哲の言葉を、安倍首相の年頭の記者会見で思い出した。首相は4日、憲法改正を夏の参院選で訴えると語った。一昨日のNHKの番組では、改憲の発議に必要な3分の2の議席を確保したいと踏み込んだ。改憲を選挙の争点に据えるという宣言だろう▼あの時と同じだ。第1次内閣だった2007年の年頭会見である。首相は自分の内閣のうちに改憲を目指すとし、参院選で訴えると語った。言うまでもなくこの選挙は惨敗し、安倍氏の退陣につながった▼「究極の護憲派」。当時、民主党は首相をそう皮肉った。年頭会見以降、憲法論議での与野党協調はぶち壊しになった。改憲には野党も含む広い合意が必要なのに、選挙の争点にすれば実現が遠のくだけというわけだ▼今回も、与党内には野党との丁寧な合意づくりを望む声がある。しかし、安保法制を強引に成立させたことで、その芽はすでに摘まれている。おおさか維新の会のような援軍への期待があり、首相は再び争点化に挑むのだろう▼首相の狙いがどうあれ、私たち有権者は安保法制の是非を含め、憲法にかかわる重い判断を参院選で下すことになる。ヘーゲルの言った「確かな現実」が姿をあらわすかどうか。

 

 

(天声人語)ボウイさん逝く

20161130500

 オレンジ色の髪をして東京?浅草の仲見世の人混みを歩いても、誰もそれと気がつかなかったという。ただの外国人観光客と思われたらしい。英国のロック歌手デビッド?ボウイさんが1973年に初来日した際のオフの光景である▼この時、ボウイさんのスタイリストを務めた高橋靖子さんが、著書『時をかけるヤッコさん』で紹介している。公演や撮影に立ち会い、通訳し、私的な食事にも同席したという。コンサートでの聴衆の熱狂と、下町の人々の無関心の対比が面白い▼当時、山本寛斎さんがデザインしたマント風の衣装には、当て字で大きく「出火吐暴威(デビッドボウイ)」とあった。まさに「傾(かぶ)き者」のいでたちというべきか。派手なファッションや両性具有的な容姿で世界を驚かせてきたボウイさんが亡くなった。69歳だった▼遅れてやってきたロック?スター――。思想史家の田中純さんがそのボウイ論で評している。ボウイさんが登場した70年前後、ジミ?ヘンドリックスらの死やビートルズの解散でロックの「英雄時代」が終わりつつあった▼〈独りじゃない 共に陶酔しよう/さあ この熱狂に身をまかせよう〉(古川貴之訳)。こんな歌詞を持つ代表曲の一つは「ロックンロールの自殺者」という不思議なタイトル。これも遅れてきた屈折のなせる業か▼一つのスタイルに安住せず、常に新しさを追求した。変化することがロックなのだとでもいうように。歌手のマドンナさんら後進にも大きな影響を与えつつ、疾走し続けた。

 

 

(天声人語)汽車の旅には……

20161140500

 「乗り鉄」「撮り鉄」と、鉄道ファンにも色々ある。本紙週末「be」に「帰ってきた食べテツの女」を連載中の荷宮(にみや)和子さんが、以前「呑(の)み鉄」のことを書いていた。むろん酒好きの鉄道好きである▼飲み鉄という書き方もあろうが、こういう場合は丸呑みのニュアンスがある呑(どん)を使いたくなる。よく知られた日本の呑み鉄といえば、作家の内田百けん(ひゃっけん)と吉田健一だろう。ご両所とも汽車旅が好きだった▼百けんの名編「特別阿房(あほう)列車」は特急で大阪に向かう話。午後零時半、東京駅発。先生は車室で何も食べない。後でお酒をおいしく頂くためだ。5時半に名古屋を出たら食堂車に行き、終点の手前まで呑み続ける算段だったのだが……▼吉田の「旅と食べもの」の場合は朝の特急だ。食堂車に直行し、ビールとハムエッグ。一度席に戻り、途中の駅で買った生ビールを呑む。昼時に再び食堂車へ。大阪までのほとんどの時間をここで過ごすつもりなのだ。「汽車の旅行はこれに限る」▼こうした豪傑たちのまねはできない。そもそも多くの列車から食堂車が消えて久しい。今の流行は豪華寝台列車か。JR九州の「ななつ星」に続き、JR東日本と西日本が運行準備中。食べても呑んでも満たされるだろうが、先立つものとクジ運に乏しい身には高嶺(たかね)の花だ▼地元の食材の料理を出すグルメ列車も最近増えた。こちらには手頃なのもある。吉田の言葉を一つ。旅先で腹を満たし、「生きていることが有難(ありがた)くならなければどうかしている」。

 

 

(天声人語)青春うたう百人一首

20161150500

 若さは特権だ。あらゆるものを貪欲(どんよく)に吸収する。千葉の中3大石桃子さんは詠む。〈本読めば時間がどんどんすぎていく不思議な力が私を連れさる〉。青春の表現はみずみずしい。秋田の高2佐藤瑞穂さんは〈通学路寝ぐせが揺れるそよ風にノンフィクションの「今日」が始まる〉▼「現代学生百人一首」が、今年も東洋大学から届いた。29回目の今回は約5万7千首が寄せられたという。若者たちの関心の幅広さが入選作からうかがえる▼〈戦争をしてはいけないと訴える語り部さんの顔は必死だ〉中1倉林祥子(しょうこ)。戦後70年の節目は学びの機会でもあっただろう。〈教科書をあと何ページめくったら本当の平和はおとずれるのか〉高2渋谷拓(たく)▼選挙権年齢が18歳に引き下げられることには不安も。〈来年は与えられてる選挙権進路選択も出来ぬ私に〉高2大室花香(はなか)。より若い世代にも自覚が芽生える。〈公民で勉強している選挙権三年後には人ごとじゃない〉中3清水知徳(とものり)▼福島から力強い声が届いた。〈震災時分けが分からず泣いていた今は違うぞ役に立つ時〉高1矢吹由伸。神戸の声も呼応した。〈「またきてね」言ってもらったあのコトバ神戸と東北絶えない絆〉高2橘優佳▼恋のときめきだろうか。〈黒板にうっすら残る日直欄あなたが書いた私の名前〉高2宮崎偲永(しえ)。優しい気持ちが湧いてくる。〈冬が好き雪の匂いもオリオン座も「寒い」と言って繋(つな)がれる手も〉高1小宮山芙(ふみ)。二度と戻らない季節をしっかり抱きしめて。

 

 

 

ひしゃげたバスの惨事

20161160500

 当たり前のことに、言われて気づくことがある。〈次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く〉。歌人奥村晃作さん(79)の幾つかの歌は、乗り物や交通を詠んで印象深い。こんな一首もある。〈運転手一人の判断でバスはいま追越車線に入りて行くなり〉▼長野県飯田市生まれの奥村さんは、東京からいつも中央自動車道の長距離バスで帰省した。バスはぐんぐんスピードを上げて追い越していく。あるとき、運転手に一切を任せているという当たり前のことに気づいて詠んだと、ご本人からお聞きした▼そんな、ふとした不安が、軽井沢の惨事では現実になった。スキーツアーの若者ら乗客は、まどろみの中で運転手にすべてを預けていたであろう。東京を深夜に発ち、翌朝には白銀のゲレンデを滑る予定だった▼旅行業者は価格を競う。うたい文句が割安から格安、さらには激安へと派手さを増して久しい。その陰で、譲れぬはずの安全が脇へ押しやられてはいなかったか。ひしゃげて無残な車体はもう、目的地に着くことはない▼4年前、群馬の関越道で7人が亡くなったバス事故は記憶に新しい。31年前には長野で、スキーバスがダムに転落して大学生ら25人が死亡している。つらい教訓は、有効に生かされてきたのだろうか▼今回の原因はまだわからないが、いきなり前途を絶たれた人と遺族の無念に胸が詰まる。最高のサービスは道中無事に送り届けることに尽きるはず。不安と道連れの旅に、格安も激安もない。

 

 

(天声人語)震災で止まった時計

20161170500

 時を刻まなくなった時計は寂しい。街のシンボルの大時計となればなおさらである。時のまち、兵庫県明石市の市立天文科学館の塔時計は21年前のけさ、地震の起きた5時46分に止まった▼1カ月後に応急修理されたが、もうガタは来ていた。市は館の改修を機に交換すると決めた。「廃棄するなら譲っていただきたい」。声を上げたのが数キロ先にある神戸学院大学である▼「教員や留学生を失い、火災まで起きた。同じ東経135度線に接する大学として、地域の共有財産にしたいと願い出ました」。移設に奔走した宮本善弘?元大学事務局長(69)はふりかえる▼直径6メートル強、重さ4トンもある大時計。塔から外すときは、クレーンで中空に3分間静止させ、明石の街に別れを告げた。車の荷台に載るよう文字盤を4分割し、交通量の少ない深夜に運んだ。修繕して再び時を刻み始めたのは1997年春。被災から2年が過ぎていた▼「震災を風化させないという決意のシンボル。2千万円の費用は安くありませんが、思いは学生たちに伝わりました」。大震災に見舞われた東北へは在校生数百人が支援に向かった。被災者にやさしい避難食の研究が進み、小中学校に出向く防災授業も盛んだ▼阪神大震災の直後に詠まれた句がある。〈その時に止まりし時計冴返(さえかえ)る〉吉田松籟。あの朝5時46分、いったいどれほどの時計が枕元や壁で針を止めたことか。いったいどれほどの時計が持ち主を失ったことか。目を閉じて21年前の喪失を思う。

 

 

(天声人語)台湾が選んだ次期総統

20161180500

 孤蓬万里(こほうばんり)という名前を、年配の読者はおぼえておいでだろうか。本名を呉建堂さんという台湾の医師で、約5千首を収めた「台湾万葉集」の編著者だ。大岡信さんが本紙「折々のうた」で紹介し、日本でも知られるようになった▼詠み手は様々だが、多くはかつて日本統治下で日本語教育を受けた人たちだった。こんな歌も収録されている。〈日(ひ)の本(もと)の文習へども花咲かぬ菟糸子(ねなしかづら)の浜に黄色し〉傅彩澄(ふさいちょう)▼台湾の人にとって、アイデンティティーをめぐる問いは軽くない。敗戦で日本が退場すると、代わって中華民国に編入された。戦前から台湾に住む人は、蒋介石の国民党とともに大陸から来て支配する人々と対立を深めていく。弾圧や流血事件も起きた▼もとから住む人は「本省人」、戦後に渡ってきた人は「外省人」と呼ばれた。筆者が取材した20年前は、まだ双方の区別と軋(きし)みは目立っていた。だが若い世代が増え、そうしたあつれきが薄れる中での、今回の選挙だったという▼対立をこえた「台湾人意識」の台頭であると、本紙特派員は解説していた。それが台湾独立志向の野党、民進党の蔡英文主席を次期総統に押し上げたようだ。現政権の中国への急接近に、民意がブレーキを踏んだ。民主主義が機能するとは、こういうことだろう▼〈日本語のすでに滅びし国に住み短歌(うた)詠み継げる人や幾人〉と詠んだ呉建堂さんは、18年前に没した。時は流れ、自分の根は台湾にあると考える若者の広がりを天で喜んでいようと想像する。

 

 

(天声人語)復活した「最強生物」

20161190500

 生きているのではなく、死んでいるのでもない。凍結や乾燥といった極限状況に置かれて、代謝がほぼない状態で生を保つとされる生き物がいる。体内の水分を例えば3%くらいに減らして過酷な環境に耐える▼クマムシはそういう生物である。昆虫ではない。緩歩(かんぽ)動物門に分類される。体長は0?1ミリから1ミリ程度。4対の足で歩く。動画を見ると、確かにクマの歩みのようにも見える。そこはかとない愛嬌(あいきょう)が感じられる体形であり、動きだ▼100度の高温でもマイナス273度でも大丈夫だという。真空、高圧、放射線にも強い。厳しい条件の下で「乾眠(かんみん)」「凍眠」などと呼ばれる仮死状態となり、体が縮んで「樽(たる)」のような形になる▼30年以上冷凍保存されていたクマムシが解凍されて復活し、繁殖にも成功した。国立極地研究所の発表だ。南極の昭和基地近くで1983年に採取されたコケに含まれていた。9年の乾燥後に復活した例が過去にあったが、今回、世界最長記録を大きく塗り替えたことになる▼通常の寿命は数十日間程度というから、「樽」の耐久性は驚異だ。堀川大樹(だいき)さんの『クマムシ博士の「最強生物」学講座』によると、なぜこんなことが可能なのかは謎らしい。解明されれば臓器の乾燥保存や、老化防止といった医療技術に貢献する日が来るかもしれないという▼先日の朝日小学生新聞が、京都府立木津(きづ)高校の生徒の優れたクマムシ研究を紹介していた。若い世代による新発見もいずれあるかもしれない。

 

 

(天声人語)あきれた廃棄カツ横流し

20161200500

 テレビなどで人気だった流通ジャーナリストの故金子哲雄さんに『「激安」のからくり』という著書がある。安売り店の良しあしをどう見分けるか。ゴミ箱をチェックする、と書いている。ゴミがあふれている店は駄目。従業員の目が行き届いていない証拠だ。一事が万事と、金子さん▼ゴミ箱の確認は容易でも、棚に並ぶお買い得商品が元を正せばゴミだったと見破るのはさすがに難しい。有名カレーチェーンが産廃処理業者に処理を委ねた冷凍のカツが横流しされ、店頭で売られていた。異物混入の疑いがある商品だ▼全容の解明はこれからだが、この産廃業者はカツ以外にもフライドチキンなどの商品を横流ししていたらしい。昨日の朝日川柳に〈消費者が処理をしていた廃棄物〉とあった。事態の倒錯ぶりが伝わってくる▼食の安全に関してはトレーサビリティーという言葉がある。直訳すれば追跡可能性。生産から加工、流通まで、食品の移動を詳しく記録しておくことをいう。記録を見れば、食中毒の原因や産地偽装の事実関係などの解明につながる▼この観点から今回の問題を見るとどうなるか。農水省によると、カツを産廃業者に委ねた時点で食品でなくなる。従って移動の記録対象でもなくなる。ゴミが再び食品に化けるなどという事態は「想定外」か▼安い商品はありがたい。しかし、冒頭の金子さんも指摘していたように、安さを追求し過ぎれば産地も流通もひずみ、ひいては消費者の暮らしにもしわ寄せが及ぶ。

 

 

(天声人語)日本で世界で格差が拡大

20161210500

 「マル金」「マルビ」という流行語を覚えておられる方も多いだろう。1984年にイラストレーターの故渡辺和博さんがはやらせた。総中流意識にまどろむ日本人をお金持ちと貧乏な人の2種類に分類して考察する本が売れた▼80年代後半には「お嬢様ブーム」が到来した。本人の努力よりも生まれ育ちが大事という価値観。当時、お嬢様の究極の基準はどこの病院で生まれたかだ、という雑誌記事すらあったそうだ。社会学者の佐藤俊樹さんが2000年に出した『不平等社会日本』の冒頭で紹介している▼ともに格差や貧困の問題が顕在化する前の日本社会の空気を映す。今日との落差が大きい。シンクタンクの連合総研の最近の調査は切実だった。非正規労働者で世帯の主な稼ぎ手になっている人のうち、生活苦をしのぐために食事の回数を減らしたという回答が、2割超あった▼「日本が世界有数の貧困大国だという認識はあるか」。先日の国会で出た野党の質問である。首相は「決してそんなことはない」としたが、子どもの貧困については連鎖を断ち切っていくと答えた▼国際社会を見ても富の偏在が進む。世界で最も裕福な62人が持つ資産は、経済的に不遇な下位半分の36億人の総資産とほぼ等しい――。国際NGO「オックスファム」の報告だ。10年は、下位半分の資産額に相当するのは上位388人分だった▼租税回避への対処、最低賃金引き上げ、男女格差解消……。各国政府と国際社会の本気度が問われている。

 

 

(天声人語)首相の立憲主義観は?

20161220500

 民主党は「立憲民主党」と党名を改めてはどうか。評論家の佐高信さんが提案した。戦後、立憲を名乗る政党はなかったからと同調する声が出た。19日、「立憲政治を取り戻す国民運動委員会」設立の記者会見でのことだ▼委員会は小林節?慶応大名誉教授が呼びかけ、憲法学者の樋口陽一?東大名誉教授や俳優の宝田明さんらが名を連ねる。安倍政権が成立させた安保法制は違憲だとする立場から、立憲主義の大切さを発信していくという▼なぜ大切か。民主主義という仕組みは必要不可欠だが、十分ではない。歴史上、民主的に選ばれた政権が専制的な政治を始めた例は多い。人権の抑圧のように、時の多数派であっても決してしてはならないことを憲法で決めておき、民主主義の暴走を防ぐのが立憲主義だからだ▼委員会はまさに「立憲主義の否定、民主主義の暴走」と、安保法制を断じる。立憲主義を傷つけたと政権を批判する民主党に、佐高さんらが「立憲」を名乗るよう勧めるのは筋が通っている。党内にも昨年来、同様の声を上げる議員はいる。反応は出るか▼一方の安倍首相は昨日、改憲についてさらに踏み込み、「新たな現実的な段階に移ってきた」と述べた。そうは思えない。立憲主義とは何か。全ての前提となる議論が尽くされていないからである▼立憲主義は絶対王制時代の考え方だと首相は語ったことがある。そうした理解でいいか。首相の立憲主義観を重ねて聞く必要がある。詰めた論戦を野党に求めたい。

 

 

(天声人語)甘利氏のあいまいな記憶

20161230500

 あまりに有名なのに、あまりに長いので、読み通した人は少ない。よくそういわれるのが、プルーストの大長編『失われた時を求めて』である。20世紀フランス文学の最高峰ともたたえられる小説だ▼主人公はある日、ひとかけらのマドレーヌが入った紅茶をひとさじ味わう。その匂いと味が突然、遠い日の記憶を奔流の勢いで呼び覚まし、長大な作品が動き始める。傑作の冒頭近くにあって、最もよく知られたエピソードだろう▼主人公にとってのマドレーヌと紅茶にあたるものが、甘利明経済再生相にもないものか。「週刊文春」が甘利氏の疑惑を報じた。千葉県の建設会社側が50万円入りの封筒を2回、甘利氏に渡したという。1回は役所の大臣室で、桐箱(きりばこ)入りのようかんとともに。もう1回は地元事務所で▼甘利氏は2度面会したことは認めたが、その場で一行が何をしたかはあいまいだと語る。自身の記憶を「しっかり呼び起こし」「正確にたどり」「検証し」「確認して」、後日公表するそうだ▼2年ほど前のことを思い出すのにそれほどの手間がかかるのだろうか。事実とすれば疑いを免れない現金の授受である。練達の政治家には記憶にも残らないほど日常茶飯のことなのか。むろん、事実でないなら言下に否定すればすむことである▼政治家は二枚舌といわれるが、医者に見せたら1枚だった――。舌がんの手術から復帰した際に語った甘利氏だ。そうあってほしい。ようかんあたりを、記憶をたどる手がかりにして。

 

 

 

(天声人語)逆石油ショック

20161240500

 小さな出来事が、やがては地球規模の変動につながることを「バタフライ効果」という。蝶(ちょう)の羽ばたきが気流を変化させ、ひいては大きな嵐を起こすという例えから来る。四半世紀ほど前、米テキサス州の荒れ地で一人の企業家が悪戦苦闘していたのも、その類いだったかもしれない▼故ジョージ?ミッチェル氏が、岩と岩の間にある天然ガスを取り出して商売にできないかと試みていた。失敗の連続で、彼の右腕だった男性によると、同業者たちから「クレージーだ」と言われた。まさにギャンブルだった▼賭けは1990年代末に吉と出た。ガスだけでなく石油もとれた。採掘方法は全米に広がり、岩の名からシェール革命と呼ばれた。原油価格は大きく下がって産油国に打撃を与えた▼余裕を失ったサウジアラビアがイランと対立する。産油国が世界の市場からお金を引き揚げ、そのために株価が急落する。いま起きている混乱は、テキサス男の最初の「羽ばたき」抜きには語れない▼「逆石油ショック」という言葉も聞かれる。原油が高騰した70年代の石油ショックは、日米欧をひどいインフレに陥れた。逆回転は、何をもたらすのか▼数年前に米国で会ったシェール開発反対派の人たちは、再生可能エネルギーの普及に水を差すのではと心配していた。石油やガスが安く手に入るのに、風力や太陽光の発電施設をせっせと造るだろうかと。この嵐、最後はどこを襲うのか。ガソリンが安くなったと、喜んでばかりはいられない。

 

 

(天声人語)琴奨菊遅咲きの賜杯

20161250500

 寒いときには火が恋しい。北原白秋の「ペチカ」などは、口ずさむだけでも暖まる心地がする。?雪のふる夜はたのしいペチカ。ペチカ燃えろよ。おもては寒い……。白秋の故郷、福岡県柳川市の人たちは昨夕、寒波に舞う雪のなかで、ペチカならぬテレビを前に熱くなったことだろう▼大相撲千秋楽の焦点は、10年ぶりの日本出身力士の優勝だった。快進撃の琴奨菊は柳川の出身。昔から「江戸の大関より土地の三段目」といわれ、郷土力士の活躍はファンの楽しみだ。地元の大関の大一番に熱のこもらぬはずはない▼この人の立ち合い前の所作は独特で、弓張り月のように巨体を反らせ、大量の塩を豪快に投げ上げる。火の出るような当たりで一気に寄るか、転がされるか。竹を割ったように勝ち、あるいは負ける印象がある▼初の賜杯(しはい)をかけた一番も、当たって押し込み、豪栄道を突き落としで土俵に転がした。角界最強といわれる立ち合い。持ち味を生かした見事な勝ちっぷりだった▼大関昇進後はけがに泣き、横綱勢の引き立て役の観もあった。去年の初場所はカド番で迎えて9勝6敗。1年後の快挙を想像した相撲好きはどれほどいただろう。だが相撲の神様は、黙々と稽古を積んできた31歳に大きな花を用意していた▼〈やはらかに人分(わ)けゆくや勝角力(かちずもう)〉高井几董(きとう)。鬼の形相の土俵から一歩出れば、春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)の空気を身にまとわせる。初めての優勝インタビューの笑顔がよかった。ペチカの代わりに、暖まらせてもらった。

 

(天声人語)寒波に縮む日本列島

20161260500

 文人の命日につけられた呼び名は、どれも味わい深い。きょうは「寒梅忌」。寒さに向かってきりりと咲く花を、作家藤沢周平さんの作風や人柄に重ねている。誘われるように開いた随筆集に、「屋根の雪」と題する短文があった▼東京に長く暮らしても、山形生まれの自分が敏感なのは、道路より屋根の雪だという。「雪おろしをしないと家がつぶれてしまう、などと極端なことを考えてしまうのは……先祖代々伝えられてきた雪に対する原始的な恐怖感が甦(よみがえ)るのかも知れなかった」。北国の厳しさがにじみ出る▼そんな雪国だけでなく、一級の寒波に列島はふるえた。鹿児島市も5年ぶりに白く染まった。奄美大島では115年ぶり、沖縄本島では観測史上初の雪を記録したというから、歴史的な寒波である▼歴史的といえば、1902(明治35)年の寒波もよく知られる。北海道の旭川で国内最低気温の零下41度を観測したのは、その年の1月25日。すなわちきのう。青森?八甲田山での陸軍歩兵連隊の悲劇的な遭難も、この寒波で起きた▼〈寒波急日本は細くなりしまま〉阿波野青畝(あわのせいほ)。きのうの天気図は、縦縞(たてじま)が列島を締め上げるように並んでいた。北国の屋根の雪はどうだろう。雪下ろしや除雪は、くれぐれもご注意を▼寒梅に話を戻せば、冬がきわまる季節に一輪、二輪と開く紅白には、どこか人を励ます潔(いさぎよ)さと温かみがある。藤沢作品の文章世界にも通じる美質であろう。寒さをくぐるごとに春は近づくと、教えてくれる。

 

 

(天声人語)言葉を友人に持とう

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 クラスメートやメル友だけが友達ではない。「言葉を友人に持とう」と言ったのは寺山修司だった。「言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。だが、言葉にも言いようのない、旧友のなつかしさがあるものである」と▼小欄左上の「折々のことば」にちなみ、本社などが、大切にしている言葉とそのエピソードを中学?高校生に募ったら、1万6千超が届いた。数千と踏んでいた担当者は、若い世代と言葉との熱い「友情」に驚いたそうだ▼名言や有名人の言葉ばかりではない。日常で出会った言葉が目立ち、優秀作が21日の紙面で紹介された。その一つ「暑くもないし、寒くもないし、ちょうどいい気温だから春かなあ」は中3の須志田千尋さんが寄せた▼認知症の祖母の言葉という。本当は秋なのだが、祖母は分からない。でも肌で季節を感じている祖母はすてきだ、と彼女は思う。人の存在の深みから届いたような言葉と響き合うその感性もすてきである▼掲載外の言葉もいい。「花は咲くときにはがんばらない。ゆるめるだけ」(中3)は担任からの誕生日カードに書かれていた。「お前、一年前の悩み言える?」(中2)は塾の先生。人は成長する。今の悩みはささいなことだと。応募の一枚一枚をめくりながら、時を忘れた▼即効薬のように力をくれる言葉がある。浸(し)みた雨が泉となって湧くように、時間をかけて心に届く言葉もある。どこか人との出会いに似ている。言葉を友人に持ちたい。

 

 

(天声人語)両陛下のフィリピン訪問

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 マニラ湾の夕日は美しい。戦没学生らの手記集『きけ わだつみのこえ』(光文社刊)にも記述がある。「世界での美景の一つだといわれるマニラ湾の夕焼けは人口に膾炙(かいしゃ)されたものですが、ホンのわずかな時間だけでドンドン時が経っていきます」▼兄姉に書き送った菊山吉之助さんはレイテ島で戦死した。「マニラ湾の夕焼けは見事なものです」と父母に宛(あ)てた瀬田万之助さんは手紙を書いて間もなく落命した。歴史を顧みるとき、絶景は悲しく痛ましい。フィリピンで没した日本人は約52万にのぼる▼だが、フィリピン住民の犠牲はそれに倍するという。日米両軍の戦いに巻き込まれるなどして約111万人が死亡、なかでもマニラ市街戦では約10万人が亡くなったとされる。今回の訪問を前に天皇陛下が述べられた「無辜(むこ)の市民」である▼死者を数字で比べる非礼をためらいつつ書けば、沖縄戦の住民犠牲者や東京大空襲のそれにおおむね等しい。ところが日本では、異国のこの悲劇はあまり知られてこなかった。本紙の記事も多くない▼日本兵の戦争と、フィリピン市民の戦争。立場を分かつそれぞれの慟哭(どうこく)。だれの目を通すかで、一つの史実も異なる物語になる。そうしたことを、陛下は出発前のおことばに込められたのではないか▼人の数だけ、戦争があった。きのう天皇、皇后両陛下はフィリピン人戦没者への追悼の拝礼をされた。あすは日本人戦没者を悼む碑を訪ねられる。その姿に、記憶を風化させまいと胸に刻む。

 

 

(天声人語)甘利氏の疑惑と辞任

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 今では灰色やグレーという言い方が目立つが、昭和の子はもっぱら「ねずみ色」だった。そのねずみ色だが、渋さが好まれて、茶色とともに江戸の着物に大流行した。「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)」といわれ、濃淡あれこれ、微妙で多彩な色調があったという▼呼び名も粋だ。利休(りきゅう)鼠は緑色を帯び、桔梗(ききょう)鼠は薄紫がまじる。深川鼠、白梅鼠、まだまだある。だが、いつの頃からか、ねずみ色は、黒には至らぬ怪しさや疑惑を例える色になった。明治の文人で毒舌家だった斎藤緑雨は言っている▼「黒かる可(べ)からず、白かる可からず、人の生ける要訣(ようけつ)は、鼠色なるに在り。……所謂(いわゆる)たんまりしたる儲口(もうけぐち)は、多く鼠色の産む所たり」。時は流れて、週刊文春が報じた「鼠色」は、甘利明経済再生相の辞任表明という事態に至った▼会見で、大臣室などでの2度の50万円授受を認めた。適切な処理を秘書に指示したというが、菓子折りの袋に入った金を当たり前のように受け取る金銭感覚は、一般とはズレがある▼秘書は、別の際に受け取ったうちの300万円を個人で使い込んだという。金銭や接待も受けていた。辞任をどう受け止めるかはさておき、報道や会見で、たんまり金の動くグレーゾーンを垣間見た人も多いのではないか▼TPP交渉をまとめた仕事師というのが甘利氏の政治家像だった。口利きやら、謝礼やら、この人だけの問題とは誰も思うまい。百千のねずみ色の誘惑から、政治家は身を律さねばならない。辞任の涙でことは終わらない。

 

 

(天声人語)鷽も嘆く悪辣詐欺

20161300500

 紛らわしいけれど、なりすましたり騙(だま)したりしているのではない。「鷽(うそ)」はしばしば「鶯(うぐいす)」と読み間違えられる。菅原道真にゆかりの鳥で、今月は各地の天神様で「鷽替(うそか)え神事」があった。鳥の名にちなみ、去年あった凶事を「うそ」にして幸運を招くいわれである▼去年に買った鷽の木彫りを神社に納めて、新しいものに買い替える。ありがたいことに、去年ついたうそも全部帳消しにしてくれるそうだ。胸に手を当てて大きめな木彫りが欲しい人もあろうか。当方は東京の湯島天神で人さし指ほどのを買い求めた▼だが、大仏級の木彫りがあっても帳消しにならぬうそは多い。振り込め詐欺など「特殊詐欺」の被害が、去年は477億円にのぼったと警察庁が発表した。手を替え品を替え、詐欺師の悪知恵は尽きない▼6年ぶりに前年を下回っても、まだこの額だ。ここ3年の被害を足せば、新国立競技場の建設費がほぼまかなえる。被害者は70歳以上の女性が過半数を占め、人の母堂の親心を食い荒らす罰当たりの多さを物語る▼救いもあって、金融機関などが未然に防いだケースが1万2千件を超えた。詐取を免れた額が266億円と聞けば、この数字にも驚く。地道な取り組みが守った虎の子の老後資金もあっただろう▼講談や落語など、しゃべり一つで生計をたてることを「舌耕(ぜっこう)」という。磨かれた芸は上手(うま)いほど楽しいが、二枚舌を研いで近づく詐欺師の口車には用心が要る。鷽も嘆く悪辣(あくらつ)なうそが、人間の世に絶えない。

 

(天声人語)1月の言葉から

20161310500

 暖冬予報の裏をかいて強い寒気団が沖縄まで凍らせた。気流や海流の読みがたさに冬空を仰いだ1月の言葉から▼信州でスキーバスが転落する惨事が起きた。大学卒業まぎわの阿部真理絵さん(22)を失った父が語る。「いまの日本が抱える偏った労働力不足や過度の利益追求など社会のひずみで発生した事故のように思えてなりません」▼おにぎりやみそ汁を作れず、一食をお菓子で済ます子どもが増えた。福岡市のNPOが始めたのは子ども向け「おにぎり塾」。指導役の雪田千春さん(54)は「子どもが悪いわけでも親が悪いわけでもない。社会が忙しすぎる。だったら地域の大人で食を伝えていこうと」▼児童文学者の那須正幹(まさもと)さん(73)が40年近く筆をふるった代表作「ズッコケ三人組」が完結した。主役は小6のハチベエ、ハカセ、モーちゃん。そろって優等生ぽくない。「がんばりたくてもがんばれない子が、がんばることを強制されないのが民主主義。私が三人組に託したメッセージです」▼天皇陛下が皇后さまとともにフィリピンへ慰霊の旅に。「マニラの市街戦においては膨大な数に及ぶ無辜(むこ)のフィリピン市民が犠牲になりました」。111万人とも伝えられる地元戦没者の墓前に花を捧げた▼在任8年の最後となる一般教書演説で、オバマ米大統領(54)が異例の後悔の弁。「政党間の憎しみや疑念を改善させるどころか悪化させてしまった」。米国だけではない。保守とリベラルの断裂は、私たち日本社会をもむしばむ。

 

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